仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜
梨本の背中を見送っていると、「ちょっと来い」と壱護に腕を引っ張られる。
そのままグイグイ連れて行かれ、誰もいない診察室に押し込められた。
「ちょっと!? 何なの!?」
「あんたこそ何してんの? 人妻だって自覚あるのか?」
壱護はとにかくイライラしているのが表情、声音から見て取れた。
「あるに決まってるでしょ! 偶然会ったから一緒に歩いてただけよ」
「抱きしめられてなかったか?」
「あれは……私が転びかけたから支えてくれただけで」
壱護がさっきのことを見ていたことに、少なからず驚いた。
「このドジ!」
「なっ」
「あんたは隙ありすぎなんだよ」
恐らく壱護は他人に見られて誤解でもされたらどうするんだ、と言いたいのだろう。
やましいことは一切ない、梨本は善意で助けてくれたのだと断言できる。
だが、本人の意思に関わらずあることないことを囁かれることは珍しくない。
マネージャーの柑奈にも少しでも疑われるような行為は絶対に避けろ、と口酸っぱく言われてきた。
「確かにちょっとドジ踏んだけど、本当に何もないから! 壱護にも迷惑かけないよ」
「っ、そういうことじゃない」
「違うの?」
「あいつ、卓にはあまり近づくな」
「え、なんで?」
「何でもだ。特にあんたは絶対二人きりになるな」
「で、でも柚葉がお世話になってる人だし」
「だとしてもダメだ」