名ばかりの妻なのに、孤高の脳外科医の最愛に捕まりました~契約婚の旦那様に甘く独占されています~【極甘婚シリーズ】
(なにやってるんだろう、私……)
雛未はぎゅっと唇を噛み締めた。
母と若狭議員がかつて深い関係にあったとしても、それは三十年近く昔の話だ。
貴方の娘ですと名乗り出たとして、余計な混乱を招くだけだ。
隠し子がいるとわかったら、とんでもないスキャンダルになる。どんな些細なスキャンダルだろうと、政治家にはたちまち命取りになる。身内だけの非公式な発言や派手な女性関係が取り沙汰され、数々の議員が辞任や引退に追い込まれてきたことは雛未もよく知っている。
(観光して帰ろう……)
雛未は突発的な自分の行動を悔い改めることにした。
二泊三日の旅程を消化したら、大人しく地元に帰ろうと思い直し、バス停へと向かう――つもりだったが。
「ここ、どこ……?」
雛未は人気のない建屋の裏側でひとりポツンと呟いた。
正面入口を出てから二十分以上歩いているのに、雛未はまだベリが丘病院の敷地から出ることができていなかった。
ベリが丘病院の敷地内には総合診療受付のある病棟の他にも、リハビリセンター、救急医療センターなどの多くの施設が併設されている。
似たような外観の建物が並んでいたせいか、どうも道を間違えたらしい。
(どうしよう……)
大の大人が迷子になるというこの状況に恥じ入り、自力でどうにかする段階はとうに過ぎている。
どこかに人の姿はないものかと、辺りを探っていると、生垣の向こうから話し声が聞こえた。