名ばかりの妻なのに、孤高の脳外科医の最愛に捕まりました~契約婚の旦那様に甘く独占されています~【極甘婚シリーズ】
家族旅行の計画を立てた時は、まだ梅雨が明けたばかりで、ベリが丘は青々とした深緑の季節だった。
海鳥が鳴く海岸沿いの遊歩道を歩きながら、雛未は胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。
『初めてきたけど、素敵なところね』
『あら、初めてじゃないわよ?雛未が四歳の時だったかしら?昔、お世話になった人が入院した時に、あなたと一緒にお見舞いにきたじゃない』
『えー?全然、覚えてなーい!』
『迷子になって大変だったのよ?病院の敷地の中をあちこち探し回ったんだから!まあ、覚えていないのも仕方ないのかもね。あなた、家に帰ってからすぐ熱を出して一週間近く寝込んでいたもの』
母が呆れ気味にそう言うと、突如強風で帽子が飛ばされそうになった。二人して慌てて帽子を手で押さえる。
『ああ、本当に久しぶり!懐かしいわー!』
母は雛未が生まれる前は、ベリが丘で働いていたそうだ。
だからこそ、人生最後の旅行先としてこの地を選んだのだろう。
あれほど朗らかに笑う母の姿を見るのは、余命宣告を受けてからは初めてだった。