名ばかりの妻なのに、孤高の脳外科医の最愛に捕まりました~契約婚の旦那様に甘く独占されています~【極甘婚シリーズ】
1.残された手紙

 ――人生何が起こるかわからないものだと、つくづく思う。
 
「さて、どこから手をつけようか……」

 雨宮雛未(あまみやひなみ)は腰に手を当てうーんと唸りながら、築五十年、地方住まいにありがちな、無駄に広い5LDKの平屋の中を練り歩いていた。

 忙しさにかまけて、片付けと掃除を先送りにしていたツケを払う時がとうとうやってきたのだ。
 家のあちらこちらにうっすらと埃が積もり、数ヶ月前に比べると明らかに汚れが目立つようになった。

 このまま春がやってきて、誰もが苦手なあの黒々とした害虫と家の中で『こんにちは』する前に、なんとしてでも掃除をしなければ。
 ようやく重い腰を上げる気になった雛未は、まずは片づけやすそうな玄関に狙いを定めた。
 気合いを入れるべく、ニットの袖をまくり、キャラメルブラウンのセミロングヘアをポニーテールにした。
 使い古した雑巾を納戸から取り出し、バケツに水を注ぎ入れそうっと浸すと、背筋まで凍るような冷たさが押し寄せた。

「冷たっ!」

 冬の寒さもピークが過ぎたとはいえ、三月の終わりはまだ寒い。
 市内を見下ろす雄大な山々を窓越しに仰ぎ見ると、山頂付近には雪が色濃く残っていた。
 麓に住む雛未の家でも早朝には氷が張り、霜が降りるくらいだ。この街に春が訪れるのはまだまだ先のことに違いない。

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