名ばかりの妻なのに、孤高の脳外科医の最愛に捕まりました~契約婚の旦那様に甘く独占されています~【極甘婚シリーズ】
「うーわ……。予想通り……」
靴箱の引き戸を開けると、雛未はその惨状に頭を抱えたくなった。
出るわ出るわ。とうの昔に捨てたと思っていた靴底がすり減ったスニーカー、黒く変色したサンダル。
どうして取っておいたのか甚だ疑問なそれらを、雛未はポイポイとゴミ袋の中に放り込んでいった。
そうやって靴箱の中身を半分ほど空にしたところで、懐かしいものを発見する。
母がオシャレをする時に必ず履いていた、スエードのパンプスだ。
この靴を履くと見違えるように、母が綺麗に見えた。
まるでシンデレラのガラスの靴のようだと幼心に思ったものだ。
「これはとっておこうかな。いきなり全部捨てちゃうのもなんか寂しいしね……」
誰ともなくそう呟くと、雛未はパンプスを靴箱の最上段の一番良い位置に収納した。
かつては祖父母と雛未親子が一家四人で暮らしていたこの家も今は雛未ひとりきり。
――寂しくないと言ったら嘘になる。
祖父は五年前の夏、祖母は二年前の秋に亡くなった。
そして、母を見送ったのはちょうど二ヶ月前のことだ。
遺族として行う法的な手続きもようやくひと段落したところ。
家中に染み付いてとれないんじゃないかと心配した線香と焼香の匂いもやっと薄れた。
雛未は黙々と靴箱の掃除を続けた。
単調な作業に没頭していると、この数ヶ月の出来事を少しだけ忘れることができた。
――母が癌だと診断されたのは今から八ヶ月前のことだった。