まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

1 最後の夜に

 ――これで最後。

 先にベッドで横になっている夫の栗色の髪に触れる。
 少し癖のある柔らかな髪。
 何度も指を通し、その感触を体に刻む。

 そのまま、形の良い耳に指を滑らせる。
 耳たぶには、お守りだと言って私の瞳と同じ色をした紅水晶の飾りをつけてくれている。

 ――優しい人。

 あなたの柔らかな新緑の瞳が好きだった。

 スッとした鼻筋、薄い唇も。
 少し掠れたような低い声は、私にたくさん愛を伝えてくれた。
 その唇に指を添える。

 ――愛してる。

 まだ、ううん。
 この先も、私はあなただけを想っている。
 でもあなたは……。

 長いまつ毛がピクリと動き、彼がゆっくりと目を開ける。

「どうした……?」
「ごめんなさい、起こしてしまった?」

 少し触り過ぎただろうか。
 けれど、私はこうなる事を待っていた。

「いや、いいよ」

 心配そうに歪められた夫の緑色の目が私を覗き込む。

「ロ……」

 私の名を呼ぶ彼の唇を捕らえてキスをする。
 だって今名前を呼ばれたら、私は泣いてしまいそう。

「ジェイド」

 彼の名を呼び欲しがるように見つめれば、それに応え口づけを返してくれた。
 いつもと変わらない彼の優しい手は、私の着ている服を脱がせながら肌に触れる。


 ――結婚して二年が過ぎた。
 これまで幾度となく愛し合った。


 ――大好きな人。
 ――愛している人。

 今もこの先も、この人より愛せる人はいない。

 彼の手は慣れたように私の胸に手を伸ばし優しく触れる。

「君から誘ってくるなんて、珍しいな」
「嫌だった?」
「いや、嬉しいよ」

 そう言って優しい笑顔を見せる夫。
 初めて会った時から変わらないその笑顔に、私は何度助けられただろう。

 誰からも愛されず疎まれていた私を、夫は好きだと言ってくれた。
 結婚してくれて、たくさん愛してくれた。

 彼の唇は私の首に触れそのまま胸を愛撫する。
 初めて体を重ねた日から変わらない。
 優しくゆっくりと気遣いながら、夫は私の体を開いていく。

 彼しか知らない私の体は奥底から喜び、すぐにでも彼自身を受け入れたいと蜜を溢れさせている。
 夫の下半身に手を伸ばせば、知らなければ、まだ私を愛してくれていると思うほど熱を持ち硬くなっていた。

「ジェイド……お願い」

 彼の首筋にキスをして、あなたが欲しいと囁くと夫はそれに応えてくれて。
 ゆっくりと腰を落とす。

「んんっ……」
「大丈夫か? もう少し慣らした方が……」

 心配する様に夫は私の頬に手を添える。

「ん、大丈夫」
「本当に?」

 私の目からこぼれ落ちてしまった涙を指先で拭いながら、夫は優しく声をかける。
 拭ってもらった私の目にはまた涙が浮かぶ。

 ――泣いてはいけない。
 今泣いたら、優しい彼はそれが本心でなくても心配するから。

 涙を浮かべたその瞳のまま彼を見つめ「お願い」と囁いた。

「じゃぁ、ゆっくり…………」

「ジェイド、激しくして欲しいの……ダメ?」
「何かあるのか?」

 いつもと違う私の言動に彼が不安そうな顔をした。
 気づかれてはいけないと私は口角を上げて見せる。

「何もないわ」

 そう言って笑った私の目じりからつうっと涙が流れる。
 誤魔化すように彼の胸の飾りに触れた。

「分かった……」

 夫はフッと笑みを浮かべ腰を動かし始めた。
 ゆっくりと始まった律動は徐々に激しくなっていく。

 彼の首に腕を回しキスを強請ると、貪るような激しいキスをしてくれた。

「はっ……あ……っ……っ」


 ――お願い。
 酷くして。

 ――忘れない様に、私の体にあなたを残して。
 覚えていたいの。

 あなたの重さも、私に深く入り注がれる熱も全部覚えていたいの。
 せつなく甘い吐息も、あなたの匂いも忘れたくないの。

 いつもより激しい律動にベッドが軋む。
 私と夫のせつない呼吸が重なり寝室に響く。

 息を切らした夫は、さらに大きくなった楔を最奥へと押し当てる。
 刹那、体の奥に熱が注がれた。

 まだ中に入ったまま、彼は私の下腹部に手を乗せる。
 それは結婚してすぐに、子供が欲しいと言った私の為にしてくれるようになった仕種。
 今となっては一連の動作となってしまっているけれど。

 決して叶わない事と知っても――。
 ――私はすごく嬉しかった。


 夫は自身を引き抜くと、いつものように私の体を拭いてくれた。

 その後、横になり眠りについた。
 疲れたのか、すぐに静かな寝息が聞こえはじめる。
 今度は彼を起こさないように、そっと腕に手を添えた。

「ジェイドありがとう……」

 私の囁くような声は、眠っている夫には聞こえてはいないはず。

 これがあなたと過ごす最後の夜。
 この夜を宝物にして、私は明日あなたの前からいなくなる。
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