まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

4 戻れない道

 朝、私を乗せ屋敷を出た幌馬車は、何度か馬を休ませるための休憩を挟みながら道を進んだ。
 街を抜け、丘を越え、人の少ない集落に入っていく。

(私はずいぶんと遠くに送られるのね)

 ひとしきり泣いた後、破れている幌の隙間から流れゆく景色を何気なく見ていた。

(どこに連れて行かれるのだろう)

 家はだんだんと少なくなり、道沿いには青々と葉を茂らせる樹木ばかりになった。


 こうしていると、まだ子供だった頃、アーソイル公爵家の別荘に連れて行かれた事を思い出す。

 ――六歳になり『加護なし』と分かった後。
「今度、馬車に乗って少し遠くへ出掛けます」と乳母に言われた。
 生まれてはじめて公爵家の離れから外に出ると聞かされた私は、何も分からずただ喜んだ。
 この間会った兄姉達と一緒かも知れない、今度はお話をしてくれるかも知れない、そう期待に胸を膨らませていた。

 出掛ける日、離れの前に公爵家の豪華な馬車が止まった。それを引く真っ黒な馬はとても大きくて驚いた。

 深く帽子をかぶった御者からすぐに乗るように言われ乗り込もうとした時、乳母に抱き止められた。

「ローラさん、どうかお元気で」

 震える声で話した乳母の茶色い瞳には溢れそうなほど涙が浮かんでいて、これはただのお出かけではないのだという事に私はようやく気が付いた。

 しかし、気づいたところで私にできる事は何もない。乳母に一緒に行こうと泣きついて困らせただけ。

 いっこうに乳母から離れようとしなかった私は、御者により乳母から引き離され、荷台に押し込まれた。そのまま馬車は動き出し、私は乳母に別れの言葉も言えないまま別荘へと連れて行かれた。

(あの時はずっと泣いていて、こうして外を眺めることも出来なかった)

 別荘に着いた途端、私を下ろした御者は「ここが今日からお前の暮らす場所だ」と話し、公爵家へと戻った。

 去っていく馬車を一人で見送ったあの不安と寂しさは、今もまだ忘れられない。

 けれど、今の私は大人だ。
 あの頃とは違う。
 押し込められて馬車に乗ったわけではない。
 彼と別れ、家を出る事は自分で決めた。

 ――そう、決めてしまった。
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