まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
「命あるものは助けられたと思うけれど……」
大きく口を開いた大地を見つめながらエマが話した後、ゴッ……ゴゴッ……ドドドドッ……と地の底から不気味な音が聞こえてきた。
「元に戻るようね」
エマは穴を塞ぐために掲げていた杖を下ろした。
穴の底から砂塵が巻き起こる。それはあっという間に地表を覆い、私達の視界を奪った。
しばらくすると、不気味な音は小さくなりやがて聞こえなくなった。
「戻ったのか?」
眼下を見下ろしながら、アーソイル公爵が弱弱しく呟く。
地表を覆い隠していた砂埃が風に流され消えていくと、ようやく敷地を見渡す事ができた。
「戻っていないではないか……」
大きな穴は、土の精霊の力により塞がっていた。
しかしながらそこには何もない。瓦礫の一つさえ残っていない、まっさらな大地が広がっているだけ。
建物全て元の形に戻ると思っていた公爵は、何度も話が違うと首を振っている。
「さぁ、今なら大丈夫でしょう」
エマは助け出した人々をゆっくりと地上に下ろした。
続けてギルも動物達を地上へ下ろす。
地上に下ろされた動物たちは、周りを見回すと逃げる様に散り散りにその場からいなくなった。
それを見た人々は、また先ほどの様な目に遭うのではないかと慌ててこの場から逃げだした。
これまで長年仕えていた執事も、公爵を敬っていたはずの使用人達も、雇われていた者達は誰一人この場所に残ることはなかった。
財を失ったばかりか、恐ろしい災害にみまわれるアーソイル公爵の下に仕えようと思う者などいなかったのだ。
アーソイル公爵はその場に力なく座り込んだ。
そこに唯一残っていた一組の家族が近寄り、公爵によく似た男性がその肩に手を乗せた。
男性はエマによって助け出されたアーソイル公爵の子息。幼い頃、一度だけ会った事のある兄だった。
公爵は息子たちの生存を喜び、顔を綻ばせたがすぐにその表情を曇らせた。
「アーソイルの邸が、財宝が、何もかも消えた……」
「父上、何を嘆くのです? 財宝ならまた力で作ればいい。それに邸は他にもいくつもあります。この地にこだわるのなら、また新しい建物を作ればいい事です」
その言葉を聞いた公爵は「そうだな」と呟くと、足下の土を握りしめ命令のような祈りを唱えた。
「加護の力よ、大地に祝福をもたらせ」
これまでならば、アーソイル公爵の願いを聞いた土は光を帯び、瞬く間に植物を芽吹かせていた。
――けれど、何も起こらない。
公爵と息子たちは首を傾げている。
「精霊よ、この地に豊穣を、花を咲かせよ!」
叫びにも似たその声だけが大地の上をむなしく通り抜ける。
「まさか、私の力……」
アーソイル公爵は慌てて近くに転がる石を両手に握りしめ、力を込めて念じた。
――それでも、何の変化も起こらない。
「そんなはずは……」
何度同じ事を繰り返しても、石は光らない。
「父上……まさか……」
「なんだ?」
公爵の顔を見つめる子息は息を呑む。
先ほどは、顔を夕陽に照らされていて気づかなかったのだろう。
土の加護持ちの証と云われる深紅の瞳は今、輝きを失くしたばかりか黒く変わっていた。
瞳の色が変わり光を失くす……それは、先ほどのクリスタ様時と同じ。
『加護の力』を失った事を意味していた。
言葉を失くした公爵子息の代わりに、ジェイドが口を開く。
「公爵閣下、あなたは先ほど力を返すと言われました。ですからあなたに加護の力はありません」
ジェイドの言葉に驚愕した公爵は目を見開いた。
「力がない……?」
「あなたの瞳は黒く変わっています」
「黒だと?」
「それは加護の力を失った事を現している。ですが、そうなったのはあなた自身が望まれた事です」とジェイドは淡々と話した。
すると「ローラ!」と、今まで一度も呼ばなかった名を口にした公爵が、私の前に走り寄り膝をついた。
「もう一度、もう一度私に力が戻るように願ってくれ! 操る力ではない、財を成す力、アーソイルの力を!」
黒く変わった双眸で私を見つめ懇願してくる。
「出来ません。一度限りと約束しました。それに……」
「ローラ! お前は父親の頼みを聞けないのか!」
(……父親の頼み?)
いまさら名前を呼び、自身を父親だと言うなんて。
この人は……私の事なんて考えていない。
遠くから冷たい目で見られながらも、名前を呼んで欲しいと、兄や姉達の様に頭を撫でて欲しいと、抱きしめて欲しいと何度願っただろう。
幼かった私のその願いは一度も叶えられたことはない。
それに……私は決めたのだ。
『アーソイル』に力を使うのは一度だけと。
私は彼らと決別する、その為に使ったのだから。
公爵は命令に従おうとしない私を睨みつけ、悪態を吐きだした。
「こうなったのは四女、お前の所為だ! 操れる力を与えると願えば済んだ事ではないか! それをこんな……」
苦々しい表情で私を見上げる公爵の隣で、兄である人は驚いた様子を見せている。
「四女……あの……」
ぼそりと呟くと、私を見て柔らかな笑みを浮かべた。
「私は君の兄、アンドリューだ。父上はこう言っているが、これは君の加護の力が齎した事なのか?」
私は首を横に振ると、しっかりと兄の顔を見ながら話をした。
「これは公爵閣下が自ら望まれ、取り戻された本来の土の加護の力で行われた事です」
大きく口を開いた大地を見つめながらエマが話した後、ゴッ……ゴゴッ……ドドドドッ……と地の底から不気味な音が聞こえてきた。
「元に戻るようね」
エマは穴を塞ぐために掲げていた杖を下ろした。
穴の底から砂塵が巻き起こる。それはあっという間に地表を覆い、私達の視界を奪った。
しばらくすると、不気味な音は小さくなりやがて聞こえなくなった。
「戻ったのか?」
眼下を見下ろしながら、アーソイル公爵が弱弱しく呟く。
地表を覆い隠していた砂埃が風に流され消えていくと、ようやく敷地を見渡す事ができた。
「戻っていないではないか……」
大きな穴は、土の精霊の力により塞がっていた。
しかしながらそこには何もない。瓦礫の一つさえ残っていない、まっさらな大地が広がっているだけ。
建物全て元の形に戻ると思っていた公爵は、何度も話が違うと首を振っている。
「さぁ、今なら大丈夫でしょう」
エマは助け出した人々をゆっくりと地上に下ろした。
続けてギルも動物達を地上へ下ろす。
地上に下ろされた動物たちは、周りを見回すと逃げる様に散り散りにその場からいなくなった。
それを見た人々は、また先ほどの様な目に遭うのではないかと慌ててこの場から逃げだした。
これまで長年仕えていた執事も、公爵を敬っていたはずの使用人達も、雇われていた者達は誰一人この場所に残ることはなかった。
財を失ったばかりか、恐ろしい災害にみまわれるアーソイル公爵の下に仕えようと思う者などいなかったのだ。
アーソイル公爵はその場に力なく座り込んだ。
そこに唯一残っていた一組の家族が近寄り、公爵によく似た男性がその肩に手を乗せた。
男性はエマによって助け出されたアーソイル公爵の子息。幼い頃、一度だけ会った事のある兄だった。
公爵は息子たちの生存を喜び、顔を綻ばせたがすぐにその表情を曇らせた。
「アーソイルの邸が、財宝が、何もかも消えた……」
「父上、何を嘆くのです? 財宝ならまた力で作ればいい。それに邸は他にもいくつもあります。この地にこだわるのなら、また新しい建物を作ればいい事です」
その言葉を聞いた公爵は「そうだな」と呟くと、足下の土を握りしめ命令のような祈りを唱えた。
「加護の力よ、大地に祝福をもたらせ」
これまでならば、アーソイル公爵の願いを聞いた土は光を帯び、瞬く間に植物を芽吹かせていた。
――けれど、何も起こらない。
公爵と息子たちは首を傾げている。
「精霊よ、この地に豊穣を、花を咲かせよ!」
叫びにも似たその声だけが大地の上をむなしく通り抜ける。
「まさか、私の力……」
アーソイル公爵は慌てて近くに転がる石を両手に握りしめ、力を込めて念じた。
――それでも、何の変化も起こらない。
「そんなはずは……」
何度同じ事を繰り返しても、石は光らない。
「父上……まさか……」
「なんだ?」
公爵の顔を見つめる子息は息を呑む。
先ほどは、顔を夕陽に照らされていて気づかなかったのだろう。
土の加護持ちの証と云われる深紅の瞳は今、輝きを失くしたばかりか黒く変わっていた。
瞳の色が変わり光を失くす……それは、先ほどのクリスタ様時と同じ。
『加護の力』を失った事を意味していた。
言葉を失くした公爵子息の代わりに、ジェイドが口を開く。
「公爵閣下、あなたは先ほど力を返すと言われました。ですからあなたに加護の力はありません」
ジェイドの言葉に驚愕した公爵は目を見開いた。
「力がない……?」
「あなたの瞳は黒く変わっています」
「黒だと?」
「それは加護の力を失った事を現している。ですが、そうなったのはあなた自身が望まれた事です」とジェイドは淡々と話した。
すると「ローラ!」と、今まで一度も呼ばなかった名を口にした公爵が、私の前に走り寄り膝をついた。
「もう一度、もう一度私に力が戻るように願ってくれ! 操る力ではない、財を成す力、アーソイルの力を!」
黒く変わった双眸で私を見つめ懇願してくる。
「出来ません。一度限りと約束しました。それに……」
「ローラ! お前は父親の頼みを聞けないのか!」
(……父親の頼み?)
いまさら名前を呼び、自身を父親だと言うなんて。
この人は……私の事なんて考えていない。
遠くから冷たい目で見られながらも、名前を呼んで欲しいと、兄や姉達の様に頭を撫でて欲しいと、抱きしめて欲しいと何度願っただろう。
幼かった私のその願いは一度も叶えられたことはない。
それに……私は決めたのだ。
『アーソイル』に力を使うのは一度だけと。
私は彼らと決別する、その為に使ったのだから。
公爵は命令に従おうとしない私を睨みつけ、悪態を吐きだした。
「こうなったのは四女、お前の所為だ! 操れる力を与えると願えば済んだ事ではないか! それをこんな……」
苦々しい表情で私を見上げる公爵の隣で、兄である人は驚いた様子を見せている。
「四女……あの……」
ぼそりと呟くと、私を見て柔らかな笑みを浮かべた。
「私は君の兄、アンドリューだ。父上はこう言っているが、これは君の加護の力が齎した事なのか?」
私は首を横に振ると、しっかりと兄の顔を見ながら話をした。
「これは公爵閣下が自ら望まれ、取り戻された本来の土の加護の力で行われた事です」