まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

28帰ろう

「さあ、帰りましょうか」
 杖を振ろうとするエマを、私は慌てて引き止めた。

「エマ、聞きたいことがあるの」
「聞きたい事?」

 ジェイドもギルも何を言うのかと首を傾げる。

「あのね、アーソイル公爵はどこに送ったの?」
「え? 公爵?」

 三人ともにどうしてそんな事を聞くのかと言わんばかりに顔を顰める。

「約束を果たしてもらっていないから……」
「ああ、そういう事」

 公爵の願いを叶える時に、私はいくつかの約束を交わした。
 私には構わないでと言い、犯した罪を償って欲しい、マイアを自由にして欲しい、ジェイドに謝って欲しいと告げた。力を欲した公爵はすべてを受け入れた。けれど、まだ何も果たされていない。
 罪を償わせる為、クリスタ様と同じようにサムス公爵の下へ送ったのかと尋ねると、エマは「違うわ」と笑顔で返した。

「ローラが暮らしていた別荘に送ったのよ」
「別荘に……?」

 この時間に……。
 オレンジ色の空には星が輝きはじめている。
 この何もない大地にもすぐに闇のとばりが下りるだろう。
 だとしたら、山の奥にある別荘は、すでに闇に閉ざされているはず。

「なあに? まさか心配していると言わないでしょうね?」
 エマは腰に手を当てる。

「違うの、公爵の事は心配してはいないの。ただ……」

「ただ?」
「どうして別荘に送ったの?」
「ローラがどれだけ大変な思いをしたのか知ればいいと思ったのよ」

 アーソイル公爵の罪はサムス公爵の名を語り、手紙を偽造し私を攫った事。
 どれほどの罰を与えられるかは分からないが、高位貴族の公爵には質素ながらも部屋と食事が用意されるはずだとエマは言う。

「あのね、エマ」

 まだ誰にも話していない事がある。
 これを言えば凄く驚くと思ったから……。

「別荘の周りには熊や狼がいるの」

「え?」

 三人は同時に声をあげた。

(ああ、やっぱり驚かせてしまった……)
 私はなるべく明るい口調で別荘の周りで起きていた事を話した。

 別荘があった森にはたくさんの動物がいた。手のひらに乗ってくるような小さくて可愛らしい物から見るだけで震えてしまうほどの大きな物まで。
 はじめてみた熊や狼はとても怖かったけれど、彼らは私を遠巻きに見ているだけだった。

「本当に? 襲ってこなかったの?」

 目を見開き聞いてくるエマに、大丈夫だったと頷いた。
 不思議な事に動物たちは、食材を運んでくれる老人やアーソイルの馬車が来る時には姿を隠していた。
 もちろん彼らを襲う事もなく、私に届けられた物資を荒らすような事もしなかった。
 ただ……。

「普段別荘を訪れる人は決まっていたけれど、たまに知らない人たちが来ていたの」

「知らない人?」

 ギルは首を傾げる。その横でジェイドは不安そうに顔を歪めている。
 私は何でもない事のように笑って話を続けた。

 時々訪れて来ていた人たち……。
 ──あれは山賊だったのだろう。

 きっと(古く小さな建物だったけれど)財を成す加護持ちのアーソイル公爵の別荘と知り、金目の物がないかと来ていたのだ。普段大人しくしていた動物たちは知らない人たちが近づいてくると騒がしくし、私に知らせてくれていた。
 その人達は熊や狼に襲われたのだと話すと三人は目を丸くした。

「別荘に入ってくる事は? ローラを襲う事はなかったの?」
「動物が?」
「どちらもよ!」

 そういう事は一度も無かったと話すと三人は揃って息を吐く。

「もしかしたら、初めの頃食べる事が出来なかった食料を動物たちにあげていたから、襲わないでくれたのかもしれないわ」

 別荘に連れて行かれるまで料理をした事がなかった私は、与えられた食料の中にあった生肉や硬い野菜をそのまま少し離れた場所に置いていた。きっとそれで……。
 エマは息を呑み、激しく首を横に振った。

「そんなはずないわ。食べ物を持っていると知っていたなら襲われたはず……」

 人を食べる事はなくても、食べ物を持っている人間を襲う事はあるのだとエマは言う。

「ローラは精霊たちに守られていたのかも知れない。動物は自然に近い、それは精霊たちとも近いという事だからね」

 もともと私には加護の力が備わっていた。
 精霊たちは常に傍にいて動物を使い、危険から守っていたのかも知れないねとギルは言った。
 それを聞いたエマは何度も頷く。

「そうね、確かアーソイル公爵は山奥の別荘に送り命を落とす事を願っていたと言っていたわね。それならば、その知らない人達も公爵の差し金かもしれない。そうじゃなくとも、可愛い女の子が一人で暮らしていると知れば攫いに来る人々もいたでしょう」

「それなら、力を失った公爵は守られる事はないな」
 冷たい目をしたジェイドは言葉を吐き捨てる。

「ジェイド……」

 優しい彼にこんな表情をさせてしまったと、悲しく思い彼を見上げると、ジェイドはフッと表情を柔らかくした。

「大丈夫だよローラ。アーソイル公爵の事は気にしなくていい、すぐにサムス公爵家が捕らえに行くよ」

(私が公爵の心配をしていると思っていたのね……)
 さすがに私もあれほどの事を言われ、ほんの少しも愛されていなかった事を知った今、本当の父親であっても心配をするような優しさはない。

「そうじゃないの。私が気にしているのは、動物たちが公爵を襲ってしまったら……」
「襲ったら?」

「危害を加えた動物たちは処罰されてしまうんじゃないかって」

 私が心配しているのは動物たちの事。
 ギルの考え通りなら、別荘の周りにいた動物たちはこれまで私を守ってくれていたという事になる。

 私には危害を与える事はなかったけれど、突然現れた見知らぬ人間に襲い掛からないとは分からない。たとえ防衛本能からの行為であっても人と動物であれば、処罰を受けるのは動物の方になるから。

「そういう事なら大丈夫よ」
「大丈夫?」
「動物たちも何も持たずただ怯えている人間を襲うような事はしないわ」

 エマは目の前に水晶玉を現し、そこに公爵の姿を映した。
 別荘のすぐ横であたふたとしていた公爵は、何かに怯えながら近くにあった石で窓ガラスを割り中へと入っていった。

「あら、中に入れたわね」
 もう少し苦労すればよかったのに、と言ってエマは水晶を消した。

「あ、もう少し見ていたかったな」
「嫌よ、あんなの見てもおもしろくないわ」
「そう? 僕は面白そうと思ったけど」

 二人のやり取りがなんだかすごくおかしくて笑っていると、急にジェイドの腕の中に抱きすくめられた。

「えっ?」

 どうしたの? と聞こうとした私の耳にジェイドの唇が触れる。

「ローラ、家に帰ろう」
「ジェイド……」

 彼の声はとても甘い。

「ローラ、俺の誕生日を祝ってくれるんだろう? 早く二人になろう」

 さらに甘くなる彼の声。

 思わず頷きそうになったけれど、私はもう一つ気になっている事がある事を思い出した。

「あのね、私、ジェイドにも聞きたいことがあったの」
「俺に?」

『ジェイドは今、エマと一緒にレイズ侯爵の下にいる。ジェイドは君を守る為、自分自身の為、しがらみから抜け出すと決めたんだ』
 ギルはそう言っていた。
 私を守る為だと……そう言っていたけれど……。

「ジェイドはご両親とお話をして来たのよね?」
「そうだよ。俺は両親に……」

「聞きたいのは、どうしてクリスタ様と一緒に来たのかという事なの」
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