まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
「本当に可愛いわ。まだ子犬なのね」
「うん、きょうワンワンになったの」
「……?」

 きょうワンワンになった? どういう意味だろう?
 きょうから飼い始めた、という事だろうか?

「もしかして、二匹は今日、おうちに来たの?」
「うん、きょうからワンワンなの!」
「まぁ、そうだったの」
(……今日から飼い始めたという事なのだろう)

「二匹とも可愛いわ。口輪を嵌めているのはまだ噛んだりしてしまうから?」
「ううん、うるさいってジェイド言ったの」

 ジェイドが? 子犬にうるさいと口輪をはめたの?

 不思議に思い彼の顔を見ると、ジェイドはなんだかバツの悪そうな顔をして目を逸らした。
(……何か隠している気がする)

「あのね、ローラ。二匹は少しお行儀が悪かったのよ、それにおしゃべりだったから……エイダンに危険がないようにジェイドは口輪をつけたの」
 ふふ、とエマは笑みを浮かべる。

(おしゃべり? よく吠えるということ?)

「おりこうさんになるかな」

 エイダンくんは寂しそうな目で二匹を見ながら私に尋ねた。
 二匹の犬はまだ人のいう事を聞くことが出来ないのだろう。それに犬は序列を作ると本で読んだことがある。自分の事は最下位にはしないのだとも。だとすれば、この家で一番小さなエイダンくんの事を自分達より下に見て吠えたのかも知れない。

「エイダンくんのいう事をよく聞く、賢いワンちゃんになるように私がお願いしてあげる」
「おねがい?」

 エイダンくんは目を大きくして首を傾げた。

「そう、私の魔法なの」

 正確には加護の力だけれど、レイズ侯爵家は魔法使いの家系だ。魔法と言った方が分かりやすいのではないかと思いそう口にした。

「まほう!」

 嬉しそうに笑ったエイダンくんはコクリと頷いた。

「じゃあ、お願いしてみるね」
 二匹の頭を撫でながら目を閉じる。

「エイダンくんのいう事をよく聞く利口で立派な犬になりますように……」

 私はただ言葉を述べた。
 力など使わなくても、愛情をもって育てればちゃんという事を聞いてくれるようになる。
 ……そう思っていたのだけれど……。

「あ!」
「ああ!」

 エマとジェイドが同時に声をあげた。

 何か起きたのかと驚いて目を開くと、ジェイドとエマが目を丸くして子犬を見ていた。
 同じようにフェリクスお兄様達も驚いた顔をして子犬を見つめている。

 さっきまで私の膝の上で元気に尻尾を振っていた二匹は、固まったように動かなくなった。
 まったく何が起きたのか分からない私は、キョロキョロと周りを見回す。
 皆が驚きの表情を浮かべる中で、ギルだけは口元を押さえ肩を揺らし笑っていた。

「まほーすごいね、チーチとハーハお星さまみたいに光ったよ」

 エイダンくんは二匹の頭を撫でながら嬉しそうに笑った。

『お星さまみたいに光った』と言って……。

 光った……という事は、もしかして私。
 ――やってしまったのかも知れない。

「ジェイド、どうしたらいいの。私、力を使ってしまったかもしれない。この子達に何か影響があったら……」

 ジェイドを見上げそう言うと、彼はなぜか私に切ない目を見せた。
(……その表情にはどんな意味が?)

 よく分からないけれど、それってやはり私は力を使ってしまったということだろう。

 二匹に触れながら『エイダンくんのいう事をきく利口で立派な犬に』と口にしてしまった。

(利口で立派な犬になると言う言葉は問題ないと思うけれど、もしかしたらエイダンくんのいう事しか聞かなくなるのかも)

 すると、立ち上がったエイダンくんは部屋の隅を指さし「チーチ、ハーハ、あっちでねんねして」と二匹に向け言った。
 二匹は尻尾を小さく振ると、私の膝の上からよろよろと降りて指定された場所に行き寄り添いながら寝そべった。
 素直にいう事を聞いた二匹にエイダンくんは「いいこ」と言葉をかける。

(大丈夫だろうか……この先二匹は何を言われようと力の所為で従わなければならなくなる)
 そんな事を考えていると、小さな手が私の頭を撫でた。

「だいじょうぶ。ぼくいじわるしないよ」

 私は幼い彼の前で不安そうな顔を見せてしまっていたのだろう。

「ぼく、みどりの目じゃなくてもおこらないよ」
「緑の目?」

 緑色の目、それはこの国では魔力持ちしか持たない色。それじゃなくても怒らない?
 それって……。

「きんいろはだめな色、レイズのいろじゃない」

 寂しそうな声で言うとエイダンくんは俯いてしまった。

「エイダンくん」

 頭を撫でてくれた優しい彼の小さな手を私はそっと握った。
 彼の瞳は火の精霊の加護持ちの証、フレイ公爵の三女であるメアリお姉様と同じ黄金色。星のように輝く美しい瞳。
 その容姿はフェリクスお兄様に瓜二つ。癖のある髪はギルともジェイドとも(お義父様とも……)似ている。間違いなくレイズ侯爵の血を受け継いでいる。
 それなのに、瞳の色が違うからと義両親は冷たく接していたのだろう。

 純真な黄金色の瞳をジッと見つめていると、瞳の中央に一瞬、鮮やかな緑色が見えた。
(今のは……?)

「ほら、エイダン。いつまでもローラさんを独り占めしているとジェイドに怒られるよ。ローラさん、すみません」

 エイダンくんに優しく声をかけたフェリクスお兄様は、床に座っていた私に手を差し伸べてくれた。

「ありがとうございます」

 そう言ってフェリクスお兄様の手を取りながら、私はじっとエイダンくんの目を見つめていた。

(……さっきチラリと見えた色は新緑だった)

「なあに?」

 何も言わず見つめすぎた所為か、エイダンくんは顔を顰めてしまった。

「何も言わず見つめてごめんなさい。あのね、私はエイダンくんも魔法使いかもと思ったの」

 それを聞いたエイダンくんはふるふると首を横にした。

「まほうつかいはみどりの目。ぼくはちがう……」

 繋がれたエイダンくんの小さな手から力が抜け、瞳は輝きを失くす。

「エイダンくん……」

 たとえ瞳の色が違っていても、精霊の加護持ちの証といわれる瞳の色を持たなかった私にも加護の力があったようにレイズ侯爵とライン辺境伯の男子にだけ受け継がれるという魔力はエイダンくんの体にも……違う、エイダンくんはレイズ侯爵の男性だ。必ず魔力を持っている。

 レイズ侯爵の魔力はエマに封じられている。永遠に解けないとされる封印、その力はエイダンくんにも影響しているはずだ。
 だったら……。

 私に封印を解くことができるかも知れない。
 ……あの時ジェイドに言った言葉でエイダンくんの封印を解くことができるなら……。

「魔力の封印が解かれますように」
(彼の望みが叶いますように……)
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