まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
さらりと告げられた言葉に驚いた私はジェイドに目を向けた。
「ねぇジェイド、今あなた『チーチ』と『ハーハ』を『父上』『母上』と言わなかった?」
「あ……」
ジェイドは不自然に微笑んで、私から視線を逸らした。
そう言えば、この場にいるはずの義両親の姿を、私はまだ一度も見ていない。
出迎えてくれたのはお兄様達と……二匹の犬。二匹……まさか?
「もしかして、二人に変化の魔法を使ったの?」
強く見つめると、ジェイドは叱られた子供のような顔になって俯いた。
「私は怒っている訳じゃないの。ただ、どうしてか知りたいだけ」
(話し合いに行ったはずなのに変化の魔法をかけるなんて……)
「おりこうになるまでのやくそく」
まるでジェイドを庇うように、エイダンくんが話しはじめる。
「お利口に?」
――約束とはどういう事?
「くろが白になるの、そうしたらもどれるの」
――黒が白?
「毛の色は白に変わるの?」
「うん。わるい子はくろ、いい子は白だって」
「いい子になったら? 白くなったら元の姿に戻るの?」
エイダンくんはニコッと笑う。その横でジェイドとエマは凄い速さで首を縦に振っている。
フェリクスお兄様とメアリお姉様も頷かれた。
ここにいる皆、二人に魔法をかけた事は承知の上という事のようだ。
「そうなの……」
義両親を犬に変えた事には驚いてしまったけれど、皆で納得し決めた事なら、私には何もいう事はない。ないけれど……。
「私にも……教えて欲しかった……」
おもわず本音をこぼしてしまった。
「ローラごめん」
足下に目を落としたジェイドは、変化の魔法をかける事にした経緯を話してくれた。
「俺は……君を利用し傷つけた両親を許せなかった。瞳の色が違うというだけで、幼いエイダンに辛く当たるそんな両親が嫌いだった……」
ジェイドは奥歯を噛みしめ顔を歪ませる。
(私の所為ね……。子供は親を大切に思わなければならないという私の思い込みが、彼に辛い思いをさせてしまった……)
二匹は項垂れてジェイドの話を聞いている。
「二人は『新緑の瞳』を『魔力持ち』こそ絶対的な力を持っていると信じ、自分達なら何をしても言ってもいいと考えていた。
俺や兄さんはこれまで育ててもらった恩を感じ、それでもいいと思っていたが、エイダンやローラを見下すような態度をとる二人の事は許せなくて、両親に改心してもらおうと思い変化の魔法をかける事にした」
しかし、魔法は子供の頃、兄と本で学んだ程度。十分な魔力はあったが、変化の魔法は難しく使う事ができなかった。その為、エマに手伝ってもらったのだとジェイドは話した。
「両親のこの姿は永遠じゃない。二人が改心すれば毛色は白く変わり、魔法を解くと約束している。それに両親にとって変化の魔法は悪いことばかりじゃない。人であった時よりも体は若くなる……そうだ」
ジェイドは、視線をギルへと移した。
ギルは変化の魔法を経験した事がある。
「動物の体はすごく軽くて楽だったよ! ほら、僕よく走っていたでしょう?」とギルは笑った。
「そうなの……」
心を入れ替えてもらう為、考えてかけた変化の魔法。
二人の姿は犬へと変わっても、心は人のまま――。
心の変化で毛色は変わり、約束通り魔法は解かれ、その姿は犬から人へ戻る。
……それならば……。
――でも、何か私の心に引っかかるものがある。
何か……。
「あっ……!」
さっき私は二匹(二人)に向け『立派な犬になるように』と願った。
人である彼らに『犬』になるようにと。
「どうしようジェイド。私二人に『立派な犬になるように』と願ってしまったわ」
やってしまった事に、血の気が引く。
「大丈夫だよ……たぶん」
作ったように笑うジェイド。
――たぶんじゃダメ!
エマがふふっと笑いながら手を横に振った。
「ローラ大丈夫よ。先に私の魔法をかけているもの」
先にエマの魔法がかかっているから大丈夫という事は、私の願いは叶えられていない?
「じゃあ、二人は立派な犬になる事はないのね」
笑いながらエマは首を横にする。
「私が魔法を解きさえすれば今すぐにでも彼らは元の姿に戻るわ。でも私は彼らの心が変わり白い毛へと変わるまで魔法は解かないと決めているの。
だって私、魔女だもの。一度決めたことは変えないわ」
「それじゃあ……」
「犬の姿である二人にはローラの力が作用する。立派な犬になる為に『人』としての意識は徐々に失われるわね」
「え?」
私の願いによって二人の意識は徐々に『犬』となってしまうの?
二人を動物へと変えた変化の魔法には、違う視点で周りを見て、愛情を知り心を変えていくようにとの願いが込められている。
しかし心まで犬になってしまったら、どうやって変化するの?
愛情を知る事は出来ても、心を変える事は出来ないのでは?
(だってそこに人の意思はない。犬の心は分からないけれど……)
心の変化で変わるはずの黒い毛色はちゃんと白く変わる?
「ま、どうにかなるわよ」
大したことではないとエマは微笑んでいる。エイダンくんの側にいる二匹は弱弱しく尻尾を揺らしながら、フワフワとした毛の間からつぶらな茶色い目を覗かせていた。
突然犬の姿に変わってしまった二人は『心』まで犬になると聞かされて不安で一杯なのだろう。
小さく震えながら私を見つめ「クウーン、クウーン」と切なく鼻を鳴らす。
その姿はとても可愛らしくて……。
私は義両親に二度追い出されている。一度は離縁を言い渡され修道院へ送られた。(そのおかげでエマ達に出会えた)
二度目はアーソイル公爵へお金と引き換えにされて……。(マイアと再会できたけれど)
避妊のお茶を渡されていた事も、冷たい態度をとられた事も、私の力を使いお金を手にされていた事もあって。
こうやって思い出してみるとあまりいい思い出はないけれど、悪いことばかりでもなかった。
義両親は加護なしで家族からも見放されていた私と大切な息子ジェイドとの結婚を(渋々だといわれたけれど)認めてくれた。
一度屋敷を訪ねた時には「よく来てくれた」と笑顔で出迎えてくれて、ジェイドの好きな料理を教えてくれた事もある。
――このまま、二人を身も心も犬へと変えていいのだろうか?
「私、もう一度願ってみます」
そう告げると、二匹はパタパタと尻尾を振りながら私の足下へ走り寄ってきた。
「願うって?」
エマは首を傾げる。
「立派な犬になるようにという言葉を取り消して欲しいと願ってみます」
「そう、そういう事ならいいわ。私はてっきり人の姿へと戻すと言い出すと思ったの」
「そんな事はしません。ジェイドが両親の為を思ってかけた魔法ですから」
エマに向け告げると、尻尾を振っていた二匹はピタリと動きを止め「クウーン……」と悲しそうに鳴いた。
人の姿へとは願わない。けれど、心まで犬にしてはいけないのだ。
さっきの願いを取り消すことができるのかは分からないけれど、このままではいけない。
――私は、項垂れている二匹の頭に手を乗せた。
「ねぇジェイド、今あなた『チーチ』と『ハーハ』を『父上』『母上』と言わなかった?」
「あ……」
ジェイドは不自然に微笑んで、私から視線を逸らした。
そう言えば、この場にいるはずの義両親の姿を、私はまだ一度も見ていない。
出迎えてくれたのはお兄様達と……二匹の犬。二匹……まさか?
「もしかして、二人に変化の魔法を使ったの?」
強く見つめると、ジェイドは叱られた子供のような顔になって俯いた。
「私は怒っている訳じゃないの。ただ、どうしてか知りたいだけ」
(話し合いに行ったはずなのに変化の魔法をかけるなんて……)
「おりこうになるまでのやくそく」
まるでジェイドを庇うように、エイダンくんが話しはじめる。
「お利口に?」
――約束とはどういう事?
「くろが白になるの、そうしたらもどれるの」
――黒が白?
「毛の色は白に変わるの?」
「うん。わるい子はくろ、いい子は白だって」
「いい子になったら? 白くなったら元の姿に戻るの?」
エイダンくんはニコッと笑う。その横でジェイドとエマは凄い速さで首を縦に振っている。
フェリクスお兄様とメアリお姉様も頷かれた。
ここにいる皆、二人に魔法をかけた事は承知の上という事のようだ。
「そうなの……」
義両親を犬に変えた事には驚いてしまったけれど、皆で納得し決めた事なら、私には何もいう事はない。ないけれど……。
「私にも……教えて欲しかった……」
おもわず本音をこぼしてしまった。
「ローラごめん」
足下に目を落としたジェイドは、変化の魔法をかける事にした経緯を話してくれた。
「俺は……君を利用し傷つけた両親を許せなかった。瞳の色が違うというだけで、幼いエイダンに辛く当たるそんな両親が嫌いだった……」
ジェイドは奥歯を噛みしめ顔を歪ませる。
(私の所為ね……。子供は親を大切に思わなければならないという私の思い込みが、彼に辛い思いをさせてしまった……)
二匹は項垂れてジェイドの話を聞いている。
「二人は『新緑の瞳』を『魔力持ち』こそ絶対的な力を持っていると信じ、自分達なら何をしても言ってもいいと考えていた。
俺や兄さんはこれまで育ててもらった恩を感じ、それでもいいと思っていたが、エイダンやローラを見下すような態度をとる二人の事は許せなくて、両親に改心してもらおうと思い変化の魔法をかける事にした」
しかし、魔法は子供の頃、兄と本で学んだ程度。十分な魔力はあったが、変化の魔法は難しく使う事ができなかった。その為、エマに手伝ってもらったのだとジェイドは話した。
「両親のこの姿は永遠じゃない。二人が改心すれば毛色は白く変わり、魔法を解くと約束している。それに両親にとって変化の魔法は悪いことばかりじゃない。人であった時よりも体は若くなる……そうだ」
ジェイドは、視線をギルへと移した。
ギルは変化の魔法を経験した事がある。
「動物の体はすごく軽くて楽だったよ! ほら、僕よく走っていたでしょう?」とギルは笑った。
「そうなの……」
心を入れ替えてもらう為、考えてかけた変化の魔法。
二人の姿は犬へと変わっても、心は人のまま――。
心の変化で毛色は変わり、約束通り魔法は解かれ、その姿は犬から人へ戻る。
……それならば……。
――でも、何か私の心に引っかかるものがある。
何か……。
「あっ……!」
さっき私は二匹(二人)に向け『立派な犬になるように』と願った。
人である彼らに『犬』になるようにと。
「どうしようジェイド。私二人に『立派な犬になるように』と願ってしまったわ」
やってしまった事に、血の気が引く。
「大丈夫だよ……たぶん」
作ったように笑うジェイド。
――たぶんじゃダメ!
エマがふふっと笑いながら手を横に振った。
「ローラ大丈夫よ。先に私の魔法をかけているもの」
先にエマの魔法がかかっているから大丈夫という事は、私の願いは叶えられていない?
「じゃあ、二人は立派な犬になる事はないのね」
笑いながらエマは首を横にする。
「私が魔法を解きさえすれば今すぐにでも彼らは元の姿に戻るわ。でも私は彼らの心が変わり白い毛へと変わるまで魔法は解かないと決めているの。
だって私、魔女だもの。一度決めたことは変えないわ」
「それじゃあ……」
「犬の姿である二人にはローラの力が作用する。立派な犬になる為に『人』としての意識は徐々に失われるわね」
「え?」
私の願いによって二人の意識は徐々に『犬』となってしまうの?
二人を動物へと変えた変化の魔法には、違う視点で周りを見て、愛情を知り心を変えていくようにとの願いが込められている。
しかし心まで犬になってしまったら、どうやって変化するの?
愛情を知る事は出来ても、心を変える事は出来ないのでは?
(だってそこに人の意思はない。犬の心は分からないけれど……)
心の変化で変わるはずの黒い毛色はちゃんと白く変わる?
「ま、どうにかなるわよ」
大したことではないとエマは微笑んでいる。エイダンくんの側にいる二匹は弱弱しく尻尾を揺らしながら、フワフワとした毛の間からつぶらな茶色い目を覗かせていた。
突然犬の姿に変わってしまった二人は『心』まで犬になると聞かされて不安で一杯なのだろう。
小さく震えながら私を見つめ「クウーン、クウーン」と切なく鼻を鳴らす。
その姿はとても可愛らしくて……。
私は義両親に二度追い出されている。一度は離縁を言い渡され修道院へ送られた。(そのおかげでエマ達に出会えた)
二度目はアーソイル公爵へお金と引き換えにされて……。(マイアと再会できたけれど)
避妊のお茶を渡されていた事も、冷たい態度をとられた事も、私の力を使いお金を手にされていた事もあって。
こうやって思い出してみるとあまりいい思い出はないけれど、悪いことばかりでもなかった。
義両親は加護なしで家族からも見放されていた私と大切な息子ジェイドとの結婚を(渋々だといわれたけれど)認めてくれた。
一度屋敷を訪ねた時には「よく来てくれた」と笑顔で出迎えてくれて、ジェイドの好きな料理を教えてくれた事もある。
――このまま、二人を身も心も犬へと変えていいのだろうか?
「私、もう一度願ってみます」
そう告げると、二匹はパタパタと尻尾を振りながら私の足下へ走り寄ってきた。
「願うって?」
エマは首を傾げる。
「立派な犬になるようにという言葉を取り消して欲しいと願ってみます」
「そう、そういう事ならいいわ。私はてっきり人の姿へと戻すと言い出すと思ったの」
「そんな事はしません。ジェイドが両親の為を思ってかけた魔法ですから」
エマに向け告げると、尻尾を振っていた二匹はピタリと動きを止め「クウーン……」と悲しそうに鳴いた。
人の姿へとは願わない。けれど、心まで犬にしてはいけないのだ。
さっきの願いを取り消すことができるのかは分からないけれど、このままではいけない。
――私は、項垂れている二匹の頭に手を乗せた。