まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
「……ここが修道院?」
着いた場所にあった建物は、赤い屋根の先が見えるだけで、全体を蔦に覆われていてよく分からない妖しい感じのもの。
けれど、道はここで行き止まりの様だからここが修道院で間違いはないだろう。
とりあえず扉を探そうと建物をキョロキョロと見回した。
「入り口はここよ。お嬢さん」
建物から一人の婦人が現れた。
月に照らされた雪のような銀白色の髪、毛先は私の瞳と同じ淡紅色。紫色の足首まで隠すシンプルなドレスを身に纏った背の高い美しい人。
「あの、私は修道院を訪ねて来たのですが、ここであっていますか?」
婦人は眉根を寄せる。
ここではないのだろうか?
「修道院?」
「はい、山道の先にあると教えてもらい来たのですが、違いますか?」
私は不安になりながら、婦人を見上げた。
「あー、そうだった」
「え?」
何かを思い出したように婦人は手を叩く。
「そう、ここが修道院よ。もう日が暮れるわ。詳しい話は中でしましょう。さぁ、お入りなさい」
婦人は私が手に持っていた鞄とランタンを預かり、建物の中へと案内してくれた。
蔦に覆われていた建物の見た目はそれほど大きくはなかったが、入ってみるとかなり広くて驚いてしまった。
「ここは礼拝堂として使っていたのよ」
そう言うと「こっちよ」とさらに奥の部屋へと進んでいく。
着いた先はキッチンと居間が隣接した部屋だ。
「そこに座って、今お茶を出してあげる」
婦人は居間の壁際に置いてある小花柄のソファーを指さした。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、婦人はニッコリと笑いキッチンへ向かった。
言われた通り居間のソファーに座る。
ふと足下に目をやると、目の前の長いテーブルの下に白い物が落ちていた。
「あの、ここに何かが落ちていますが……」
「何か?」
ちょうどお茶を運んできてくれた婦人に話すと「ああ、それはね」といいグイッと引っ張り上げて見せてくれた。
「これは一緒に暮らしている今は犬の『ギル』よ」
それは、さっき山道で湧水を飲んで見せてくれた白いモフモフの犬。
「あ、さっきの」
ギルは私を見て尻尾をパタパタと振る。
「さっき?」
「ここに来る前に、助けてもらって……今は犬ってどういうことですか?」
不思議な言い方が気になり尋ねると、夫人は引きつったような笑みを浮かべた。
「あー、前は猫を飼っていたの。で、今は犬。そういう事よ。さぁ、ギルの事は気にせずにお茶をどうぞ」
白く上品なティーカップには湯気の立つ琥珀色のお茶が入っている。
「いただきます」
「甘い物は平気かしら? よかったらその蜂蜜を入れて飲んでみて」
「はい」
婦人に勧められたように、横に添えられていた蜂蜜を溶かして飲んだ。
温かく甘いお茶が体に染み入る。
「……美味しい」
「そう? よかった」
婦人は向かい側にあるひじ掛け付きの一人用の椅子に腰を下ろし、お茶を飲む私を見てニコニコと笑みを浮かべている。
「あなた、お名前は?」
そう聞かれ、私は慌ててカップをテーブルに置き姿勢を正した。
「挨拶もせずにお茶をいただいてしまい申し訳ありません。私はローラ……」
そう言った後言葉に詰まった。
私は離縁してきた。今頃、正式な届がレイズ侯爵家から出されているはずだ。
だから、レイズの名を名乗るのはおかしい。けれど、アーソイルからも除名されている。
(今の私には家名がないのね……)
家名を持たない私は、名前だけ名乗らせてもらった。
「私はローラです。ある方からここを紹介していただきました」
婦人は深く聞くことなくコクリと頷いた。
「では、ローラと呼ばせていただいても宜しいかしら?」
「はい」
「私はエマ・グレッタ・フューと言います。魔女よ」
「……え?」
「え、ではなくエマ、エマと呼び捨てて構わないわ」
「はい……エマ」
目の前に座る婦人、エマは驚くような事をサラリと言った。
私は修道院に来たはずだ。
なのにどうして魔女?
魔女っているの? 初めて聞いた。
驚いて固まってしまった私の下へギルが来て頭を寄せた。
スリスリと手に触れる柔らかな毛の感触に、ハッと正気を取り戻す。
「驚いた? ごめんなさいね。でも私も驚いたの。だってここを訪れる人なんているはずないんだもの」
「どういうことですか?」
エマは、山道の別れ道には幻影の魔法をかけていて、普通の人には見えないのだと話した。
「でも、御者のおじさんも見えていました」
「御者? 変ね、魔法が解けているのかしら? 後で見に行かないと……。ああ、それは良いとして、まずはここよね」
それからエマは話をはじめた。
この建物は三人の修道女が暮らす修道院だった。その頃偶然この地に立ち寄り、この場所を気に入ったエマはそのままギルと共に修道女達と暮らす事にした。長い時が流れ、三人の修道女は皆、天に召された。
それからはこの建物でギルと二人で暮らしているという。
「ところで、あなたにこの場所を紹介したのは誰?」
少しだけエマの声が鋭くなった。
「私の……夫だった人の両親です」
夫、と声に出した途端ジェイドを思い出してしまい俯いた。
「夫だった人……。辛いでしょうけれど、家名を聞いてもいいかしら?」
「はい、レイズ侯爵です」
「ワン!」
「げ!」
名前を告げた途端、ギルが吼えエマが変な声を上げた。
着いた場所にあった建物は、赤い屋根の先が見えるだけで、全体を蔦に覆われていてよく分からない妖しい感じのもの。
けれど、道はここで行き止まりの様だからここが修道院で間違いはないだろう。
とりあえず扉を探そうと建物をキョロキョロと見回した。
「入り口はここよ。お嬢さん」
建物から一人の婦人が現れた。
月に照らされた雪のような銀白色の髪、毛先は私の瞳と同じ淡紅色。紫色の足首まで隠すシンプルなドレスを身に纏った背の高い美しい人。
「あの、私は修道院を訪ねて来たのですが、ここであっていますか?」
婦人は眉根を寄せる。
ここではないのだろうか?
「修道院?」
「はい、山道の先にあると教えてもらい来たのですが、違いますか?」
私は不安になりながら、婦人を見上げた。
「あー、そうだった」
「え?」
何かを思い出したように婦人は手を叩く。
「そう、ここが修道院よ。もう日が暮れるわ。詳しい話は中でしましょう。さぁ、お入りなさい」
婦人は私が手に持っていた鞄とランタンを預かり、建物の中へと案内してくれた。
蔦に覆われていた建物の見た目はそれほど大きくはなかったが、入ってみるとかなり広くて驚いてしまった。
「ここは礼拝堂として使っていたのよ」
そう言うと「こっちよ」とさらに奥の部屋へと進んでいく。
着いた先はキッチンと居間が隣接した部屋だ。
「そこに座って、今お茶を出してあげる」
婦人は居間の壁際に置いてある小花柄のソファーを指さした。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、婦人はニッコリと笑いキッチンへ向かった。
言われた通り居間のソファーに座る。
ふと足下に目をやると、目の前の長いテーブルの下に白い物が落ちていた。
「あの、ここに何かが落ちていますが……」
「何か?」
ちょうどお茶を運んできてくれた婦人に話すと「ああ、それはね」といいグイッと引っ張り上げて見せてくれた。
「これは一緒に暮らしている今は犬の『ギル』よ」
それは、さっき山道で湧水を飲んで見せてくれた白いモフモフの犬。
「あ、さっきの」
ギルは私を見て尻尾をパタパタと振る。
「さっき?」
「ここに来る前に、助けてもらって……今は犬ってどういうことですか?」
不思議な言い方が気になり尋ねると、夫人は引きつったような笑みを浮かべた。
「あー、前は猫を飼っていたの。で、今は犬。そういう事よ。さぁ、ギルの事は気にせずにお茶をどうぞ」
白く上品なティーカップには湯気の立つ琥珀色のお茶が入っている。
「いただきます」
「甘い物は平気かしら? よかったらその蜂蜜を入れて飲んでみて」
「はい」
婦人に勧められたように、横に添えられていた蜂蜜を溶かして飲んだ。
温かく甘いお茶が体に染み入る。
「……美味しい」
「そう? よかった」
婦人は向かい側にあるひじ掛け付きの一人用の椅子に腰を下ろし、お茶を飲む私を見てニコニコと笑みを浮かべている。
「あなた、お名前は?」
そう聞かれ、私は慌ててカップをテーブルに置き姿勢を正した。
「挨拶もせずにお茶をいただいてしまい申し訳ありません。私はローラ……」
そう言った後言葉に詰まった。
私は離縁してきた。今頃、正式な届がレイズ侯爵家から出されているはずだ。
だから、レイズの名を名乗るのはおかしい。けれど、アーソイルからも除名されている。
(今の私には家名がないのね……)
家名を持たない私は、名前だけ名乗らせてもらった。
「私はローラです。ある方からここを紹介していただきました」
婦人は深く聞くことなくコクリと頷いた。
「では、ローラと呼ばせていただいても宜しいかしら?」
「はい」
「私はエマ・グレッタ・フューと言います。魔女よ」
「……え?」
「え、ではなくエマ、エマと呼び捨てて構わないわ」
「はい……エマ」
目の前に座る婦人、エマは驚くような事をサラリと言った。
私は修道院に来たはずだ。
なのにどうして魔女?
魔女っているの? 初めて聞いた。
驚いて固まってしまった私の下へギルが来て頭を寄せた。
スリスリと手に触れる柔らかな毛の感触に、ハッと正気を取り戻す。
「驚いた? ごめんなさいね。でも私も驚いたの。だってここを訪れる人なんているはずないんだもの」
「どういうことですか?」
エマは、山道の別れ道には幻影の魔法をかけていて、普通の人には見えないのだと話した。
「でも、御者のおじさんも見えていました」
「御者? 変ね、魔法が解けているのかしら? 後で見に行かないと……。ああ、それは良いとして、まずはここよね」
それからエマは話をはじめた。
この建物は三人の修道女が暮らす修道院だった。その頃偶然この地に立ち寄り、この場所を気に入ったエマはそのままギルと共に修道女達と暮らす事にした。長い時が流れ、三人の修道女は皆、天に召された。
それからはこの建物でギルと二人で暮らしているという。
「ところで、あなたにこの場所を紹介したのは誰?」
少しだけエマの声が鋭くなった。
「私の……夫だった人の両親です」
夫、と声に出した途端ジェイドを思い出してしまい俯いた。
「夫だった人……。辛いでしょうけれど、家名を聞いてもいいかしら?」
「はい、レイズ侯爵です」
「ワン!」
「げ!」
名前を告げた途端、ギルが吼えエマが変な声を上げた。