まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
――半年後――
「昼間、ギルと一緒にレイズ侯爵邸へ行ってきたの」
夕方、我が家を訪れたエマはキッチンに立ち、火にかけた鍋をかき混ぜながら楽しそうに今日の出来事を話しはじめた。
エマは月に数日、レイズ侯爵邸を訪れエイダンくんに魔法を教えている。
教えながら、犬になったレイズ夫妻の様子も観察していた。
「この前見た時にはほんの先だけだったのに、二人とも尻尾が全て白く変わっていたのよ」
思っていたより早く人に戻れるかもね、とエマは苦笑する。
お兄様夫婦やエイダンくんと暮らす事で、義両親の心は急速に変わりはじめているのだろう。
鍋の火を止め、小皿に掬ったスープの味見をしたエマは大きく頷くとサッと蓋を閉じた。
「ジェイドはもう帰って来るかしら?」
外したエプロンを椅子の背もたれに掛けたエマは、ダイニングテーブルの上に置いてある小さな水晶玉をポンと指で一度叩いた。透明だった水晶の中央は白く濁り次第に人影を映し出す。
そこに映ったのは、ステラに跨るジェイドの姿だ。
夕陽を体に受けながら軽やかに走るステラの黄金の鬣が風に靡いている。
ジェイドは少し眩しそうに目を顰めているみたい。
「ふふ、ジェイドったら早く帰りたいのね。ステラも嬉しそうだわ」
そう言うと、エマは水晶玉に手を乗せて、映っていた彼らの姿を消した。
この水晶玉は、家に一人でいる私に何かあった時の為にとエマが作ってくれた物。
魔力のない私にも簡単に使えるよう、一つ叩くとジェイドに、二つ叩くとエマとギルそれぞれに連絡を取れるようになっている。
今もサムス公爵家の騎士として働いているジェイドだが、アーソイル公爵邸の騒動で多くの人に魔法を使える事が知れ渡ってしまっていた。
すぐに国は、これまでのレイズ侯爵のようにジェイドにも王国専属の魔法使いとなるよう申し入れてきた。
新たに爵位と家名を、サムス公爵から支払われる騎士としての給金よりも多くのものを与えると言われたが、ジェイドは丁重に断りを入れた。
国の魔法使いとなれば、魔法は常に国の為に使う事を余儀なくされるだろう。人の役に立つ事もあるだろうが、争いが起きた時には必ず参戦しなければならなくなる。どんな小さな争いだろうと、必ず人や生き物、自然を傷つける。
それは偉大なる魔女エマと交わした魔法使いの約束事に反する事になる。
(俺は騎士の仕事が好きだから、とも言っていたけれど)
「じゃあ私は帰るわ。ローラ、何かあったらすぐに連絡するのよ?」
エマは水晶玉を指で二回叩いた。そこにはギルの姿が映し出される。
見られている事に気づいたギルは笑顔になり手を振った。
「エマ、いつもありがとう」
いつものように、お礼を言うとエマは嬉しそうに笑った。
「また明日くるわ」
「はい」
さっと杖を振り姿を消したエマは、水晶玉の中のギルと並んで私に手を振る。
彼らに手を振り返した私は、静かに水晶玉に手を乗せた。
――何も映さなくなった水晶玉の表面に、窓の外に広がる美しい茜色の空が映りこむ。
「キレイ……」
眺めていると、外からステラの蹄の音が聞こえてきた。
ゆっくりと玄関へ向かうと丁度そこへ、コンコン、コンコン四つ扉を叩く音がした。
それはジェイドと私が結婚後、二人で決めた彼の帰宅を知らせるサイン。
私は笑顔で扉を開き、愛する人を出迎える。
「おかえりなさい」
「ただいま、ローラ」
ジェイドは優しく微笑みながら、ふわりと私を抱きしめていつものように額と頬にキスを落とした。
それから大きくなった私のお腹にそっと手をあて、嬉しそうに「ただいま」と囁いた。