まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
「たぶん、その時探し当てた地図が屋敷にあったんでしょう。その頃は修道院だったから。でも、ここには辿り着けなかったのね」

 エマは私を見てふふっと笑った。

「こうしてあなたがここに来たのは、何か意味があるのかも知れない。だって、私の子孫と結婚したんでしょう?」
「はい。でも、離縁しました」
「……そうだったわね。ローラは修道院を訪ねて来たのよね」

 チラリと私に目を向けたエマは、詳しく聞きたそうにしている。

 会ったばかりの私に、隠す事なくすべてを話してくれたエマ。

「私の話を聞いていただけますか?」

 私は結婚指輪をはめていた左手を右手で包み込むように握りながら、これまでにあった事を話した。

 アーソイル公爵家の四女であるが、瞳の色は薄く加護の力を持っていない事。私を生んだせいで母親が亡くなり、家族とは離れて暮らしていた事。
 ジェイドに出会い、結婚をした事。
 幸せにしてもらった事。
 けれど、私に子供が出来ず、彼には他に想う人が出来たため離縁を決めここへ来たと伝えた。

「そう……」

 私の話を聴き終えたエマは、傍らに寝そべったギルの頭を優しく撫でた。

「加護の力がどれほど公爵家にとって重要なのかは、私には分からない。だけどねローラ、私に一つだけ分かる事があるの」

 エマは優しい目で私を見つめる。

「分かる事?」

「母親が亡くなったのはあなたの所為ではないわよ」

 え……?

「でも、私だったからと……」

 首をゆっくり横に振ったエマは声を落とす。

「子供を生むというのは簡単な事ではないわ。それが何人目であっても、命を落とす事はあるの。魔女である私ですら、もうダメかも知れないと思ったのよ?
でもね、自分の命に代えてでも産みたいと思った。きっとあなたのお母様も同じ気持ちだったと思うわ」

 エマは目を伏せた。

「アーソイル公爵達は、お母様を亡くした悲しみの矛先を間違えあなたへの憎しみに変えてしまった。お母様は空の上で悲しまれているでしょうね」


 ――本当に?
 私の所為ではないの?
 そんな事……。


 あれは、私が別荘で暮らしはじめてすぐの頃。

 最初に私の様子を見に来たのは、アーソイル公爵家に長く仕える侍従だった。
 細い目に銀縁の眼鏡をつけたその人は、私を冷たく見下しながら「お前を生んだ所為で、奥様はお亡くなりになったのだ」と言った。

 乳母から、お母様は私を産んですぐに亡くなったという事は聞いていたが、その理由を知らなかった私は驚いた。

「私のせい……?」

 恐る恐る侍従に尋ねると、頭上から怒りに満ちた声が落ちてきた。

「そうだ、奥様はすでに四人ものお子様を生まれていたのだぞ。亡くなるはずなどなかった! 『加護なし』のお前を産んだ為に命を落とされてしまったのだ!」

 侍従の大きな声に、私の体はびくりと震えた。


 ……私を生んだから?
 私の所為でお母様は亡くなった?
 お母様は私を生まなければ、まだ生きられたの?
 
 私が……。
 私が、お母様の命を奪ってしまったの?

 だから、お兄様やお姉様は私に冷たい目を向けたの?
 お話をしてもらえなかったの?

 お母様の命を奪ってしまったから、お父様は私を見てもくれないの?
 一度も私の名前を呼んでくれないの?
 お兄様やお姉様達にしているみたいに、抱きしめてはくれなかったの?


 そう尋ねたくても、怯えてしまった私は声も出せない。

 侍従は何も話さない私を一瞥すると、公爵邸へと戻っていった。
 その侍従はそれから一度も別荘に来る事はなかった。

 侍従の言葉が気になっていた私は、その後に別荘を訪れた使用人達にお母様の話を聞こうかと考えた。
 彼らは、はじめに来た侍従とは違い私を憐れみ優しくしてくれたから。
 しかし、尋ねた途端に同じように声を荒げられたらと怖くなり、聞く事はできなかった。

 ――ずっと『私の所為でお母様は亡くなった』そう思っていた。

 けれど、エマは違うと言う。

 ――遥かな時を生きているエマ。

『あなたの所為ではない』

 誰にも言われなかった言葉を、二人の息子の母親である彼女が言ってくれた。

 その一言に、私は少し救われた気持ちがした。

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