まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 しばらくすると、エマはフッと顔を上げ私に目を向けた。

「ねぇ、ローラ。あなた、離婚の話を直接ジェイドから言われた訳ではないのね?」

「はい、彼のご両親から告げられました」

 彼の両親から離縁を言い渡されたと聞いたエマは、ジェイドは離婚をしたいと思っていないのではと話した。
 いくら彼が優しいからと言って、悟られないように家を出なければいけないなんておかしいと言う。

 でも……。

 私は首を横に振り声を落とした。

「彼には相手がいます」

「……相手、さっきもそう言っていたけれどそれが誰か知っているの?」

「はい、アクアスト公爵家の三女であられるクリスタ様です」

「どうして知ったの?」
「レイズ侯爵夫妻が教えて下さいました」

 私の答えに、なぜかエマは困った様な顔をした。

「あなたは一人が長かったからか、人を疑うという事を知らなすぎるわ」

「どういう事でしょうか?」
「レイズ侯爵夫妻の嘘かもしれないじゃない。いいわ、私が見せてあげる」
「見せる?」

 エマはそう言うと部屋から出て行った。
 ギルは寝そべりながら私を見て尻尾を振っている。

 すぐにエマは両手で抱えるほどの水晶玉を持って戻ってきた。
 ドン、と水晶玉をテーブルの上に置くと「真実かどうかは目で見なければ分からないでしょう?」と言い、水晶玉に右手を乗せた。

「さぁ、映すわよ。ジェイド・レイズ、あなたの『今』を見せなさい」

 空いている左手で、空中に見た事もない文字のようなものを描きはじめる。
 それは、煙のように現れては消えていった。

「これは私の勘だけれど、何も言わずに家を出たのなら、きっと今頃あなたを探していると思うわ」
「そんなこと……」
「きっとそうよ」

 エマは私にウインクをして見せる。
 ギルもパッと立ち上がり「ワン!」と高い声で吠えた。


 ――エマの言葉に、少しだけ期待をしてしまう。

 彼が何も告げずにいなくなった私を探してくれているかもしれない、そんな夢を見てしまう。

 そうしているうちに水晶玉にジェイドの顔が映し出された。

 ――ジェイド。

「まぁ、私の夫に似ているわ」

 ジェイドの顔を見たエマはニコニコと笑い、もう少し周りが見えるようにするわねと言った。

 ジェイドの顔がだんだん小さくなり、全身が映し出されていく。


「ウー」
 ギルが唸り声をあげた。

「……あの、私お風呂をお借りしてもよろしいですか?」
「あ、ああ! はい、そうね。案内するわ!」


 ――見ていられなかった。

 水晶玉に映し出されたのはジェイドと、嬉しそうに彼に抱きついて微笑んでいる女性の姿だったから。


◇◇◇


 案内された風呂場の浴槽は石で作られていた。
 一度温まった石は、長い時間お湯の温度を保つのだとエマは言う。

「ゆっくり入って」

 お湯を張ってくれたエマは、私が持って来た鞄と柔らかなタオルを手渡してくれた。

「あの……私、お願いがあるのですが」
「お願い? 何かしら?」

 彼を見ていられず、お風呂を貸して欲しいと図々しくも言ってしまったが、ここは修道院ではなくエマとギルの家。
 私は今夜泊めて下さいと頼んでもいない。

「今夜ここに泊めてもらってもいいですか?」

「泊めてもらうって、どういうこと?」

 エマは目を見開いて瞬きをする。

「ここは修道院ではないので……」

 ああ、とエマは納得したように微笑んだ。

「そんな事はいいのよ。今夜はもちろんこれからも、ずっとここにいてくれて構わないわ。私はあなたを気に入ったの。あなたの方こそ、ここでいいの?」
「え?」
「だって私魔女なのよ? 自分でも何歳か分からないような人よ? 怖いでしょう?」

 エマはワザと目を顰めて見せる。

「いえ、怖くはありません」

 彼女の新緑の瞳は、ジェイドと同じ優しい色。

「そう?」
 エマは嬉しそうに笑った。
「はい」


◇◇◇


 花の香りがする石鹸はとても泡立ちが良く、浴室にシャボン玉がいくつも飛んだ。
 髪も体もきれいに洗い、湯船に入る。
 脚も伸ばせる広い浴槽、その天井を見上げると湯気が水滴を作り出していた。


 ――見てしまった。

 彼の相手、クリスタ様。

 肩で美しく切りそろえられた銀色の髪は月の光のように煌めいていた。アメジストに似た紫紺の瞳は大きく、自信に満ち溢れていて――これまで見た事がない、とても綺麗な人だった。
 水色のドレスがよく似合う、私とは違う華やかな笑みを浮かべる人。

 彼女は加護の力を持っていて――彼に幸せを与えられる。

 私には出来なかった事が彼女なら出来る。


 私は浴槽に触れて、祈った。
 加護の力があれば、この石は輝き、その中にちりばめられた結晶を一つに集め宝石を生み出す。

 ――だが、石は光らない。

「そうよね……」

 私は何をしているのだろう。
 加護がないことは十分わかっているのに。

 ――なぜ。

 彼女に対抗したというの?

 加護の力があったなら、クリスタ様に向いてしまった彼の心を取り戻せるとでも?

 そんな事……。



 俯く私の淡紅色の瞳から溢れる涙と、天井から落ちてきた水滴が湯船に波紋をいくつも作った。
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