まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
「なぜ……?」
屋敷の前にレイズ侯爵家の馬車とアクアスト公爵家の馬車が並び止まっている。
俺はステラを馬小屋に繋ぎ、急いで玄関を四回叩いた。
これは結婚してからローラと決めた、俺が帰った事を知らせるサインだ。
いつもなら明るい彼女の声が聞こえ開かれる扉は、静かに開いた。
「どうして……」
俺とローラの屋敷の中にアクアスト公爵家の家紋入りの制服を着た数人の使用人がいる。
彼らは俺に頭を下げると、居間でお嬢様がお待ちですと案内をした。
居間へと続く扉が開かれたと同時に、クリスタが抱きついてきた。
「ジェイド! お帰りなさい!」
「……君がなぜこの家にいる?」
抱きついたまま顔を上げ、ニッコリと笑うクリスタ。
「なぜ? あなたと一緒になってあげる為に来たのよ」
「その話は断ったはずだ」
いつまでも抱きついているクリスタの体を引きはがし、居間の椅子に腰を下ろしていた母に目を向けた。
「母上、これはどういうことですか? ローラは今どこに」
母は笑みを浮かべ手を掲げた。
その手には、俺がローラに贈ったネックレスが下がっている。
「それは彼女の……」
「あの子はあなたと離縁をするとこれを置いて行ったの。二年も子供を作れず申し訳なかったと言っていたわ」
ローラが?
俺は母を見据えた。
「彼女をどこへ連れ去ったのですか」
ローラが何も告げず出ていくはずがない。
「連れ去っただなんて、自分から出て行ったのよ?」
とぼけた表情を浮かべた母に、彼女に何かをしたのだと確信した俺は、踵を返し玄関へ向かった。
「どこへ行くの?!」
後ろから聞こえる母の悲鳴のような叫び声に、足を止め顔を向ける。
「ローラを迎えに行く」
どうせ母に行先を聞いても答えてはくれない。
それに、もうこんな時間だ。急がなければ。
「ダメよ、ジェイド。あなたはクリスタと結婚なさい。あんな加護も持たず親族からも見放されるような女と一緒にいるから、そんな風に我儘になったのね」
「俺の妻はローラだ。妻を迎えに行く事のどこが我儘なんだ?」
「まぁ、母親に対してその言葉使いはなに? 自分の事を『俺』だなんて品のない言い方をして」
こうやって頭ごなしに言ってくるところは、俺が子供の頃から変わらない。
親だから、子供の何もかもが自分の思うとおりになるとでも思っているのか? 何もかも知っているとでも?
「母上、俺は昔から自分の事を俺と言っていた。『私』なんて使うのは改まった席だけだ。それに、ローラに加護があろうがなかろうがそんな事はどうでもいい。俺は彼女を愛している、妻はローラだけだ」
俺は左手にはめている指輪に触れた。
クリスタが俺の手の動きを見て声を低くする。
「あの女がそんなにいいの? 加護を持つ私よりあの女を選ぶというの?」
「加護なんて俺にはどうだっていい」
「ジェイド! いいかげんにして!」
自分の言う通りにしない俺に苛立ったクリスタは声を荒げた。
水の加護を持つアクアスト公爵家で、誰よりも強い力を持つクリスタは幼い頃から甘やかされ育てられた。なんでも自分の思うとおりにならないと気が済まず、癇癪を起こすところは今も変わらない。
「この私がようやく気持ちを変えて、あなたと結婚してあげると言っているのよ? 私とであれば必ず魔力持ちの子供が生まれるわ。二人生み、一人はレイズ侯爵家の嫡男に、もう一人はライン辺境伯にあげると、お母様達と約束もしているの」
細く長い指を二本立てたクリスタは、まるで物を渡すかのように話し目を細めた。
「クリスタ、勝手な事を言うな。何度も言うが君と一緒になるつもりはない。俺はローラと別れてはいないし、彼女を愛している」
「愛している?」
「そうだ」
「本当に愛していると言うのなら、こんな小さな屋敷に住まわせ、使用人も入れずに暮らすなんて事はしないでしょう? 私から結婚を断られ、仕方なくあの女と結婚したから、こんな小さな屋敷を選び住んだのでしょう? それに加護なしは捨てられたも同然の暮らしをしていて、使用人の真似事が出来ると聞いたわ。ああ、だから雇う必要はなかったのね」
クリスタは声を上げて笑った。
「小さな屋敷? 使用人?」
あまりにも不快な言葉を並べられ、俺は声を低くする。
しかし、クリスタはそんな事は気にも留めず話を続けた。
「そうよ。私はこんな下々が暮らすような小さな屋敷に住むことは出来ないわ。場所もダメ。もっとアクアトス公爵の領地に近いところじゃなくては。そうだわ、お父様に言って南の領地と屋敷をもらいましょう。あなたも私の夫になるからには領地を治めてもらわないと、それから……ちょっと、聞いているの?」
俺はクリスタから顔を背けた。
「君と結婚するつもりはない。それに、俺はローラと離縁した覚えはない」
「そう、でもあの女は離縁書にサインをしているのよ?」
クリスタは俺を捕らえるように見つめながら、口角を上げた。