まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 何も知らないのね、とクリスタが笑みを浮かべる横で、母が顔色を悪くし口元を隠した。

「叔母様? どうしたの? ちゃんと書かせたのでしょう?」
「それが、離縁書は昨日受け取ってきて、今朝書かせるつもりで……」
「書かせていないというの?」

 クリスタは声を低くし鋭い視線を母に向ける。

「早く送らなくてはと思っていたの。前もって頼んでいた御者が急用で来られなくなって、それで他の者を探して、だから……忘れていたのよ」

『送った』今、母はそう言った。
 御者、という事は馬車に乗せたのか。
 しかし、どこへ?
 俺が問いただそうとする前に、クリスタが口にした。

「叔母様、あの女をどこに送ったの?」
「え?」

 母は目を泳がせている。
 さっき俺に、彼女は自ら出て行ったと言ったからだろう。

「叔母様、教えて。送ったと言ったでしょう? 娼館にでも売ったの?」

 クリスタの紫紺の瞳は楽しげに細められる。
 それに対し、母は毅然とした態度で言葉を返す。

「娼館だなんて、一度でもレイズの名を持った者をそんな所に送る事はできないわ。あの子を送ったのは修道院よ」

 修道院と聞いたクリスタは、つまらなそうな顔になる。

「そう……。叔母様、それはどこの修道院なの?」
「それが、分からないの」
「分からない?」

 母はクリスタの瞳をジッと見つめた。

「あの子を送った修道院は、我が家の書斎で見つけた古い紙に書いてあった所よ。山奥だったからちょうどいいと思って。私が行く事はないのだから、山の名前も覚えていないわ。それに、その紙は御者に渡してしまったの。あの者に聞かなければ分からないわ」
「その御者の居場所は?」
「御者の家なら分かるわ。でも明日にならないと帰って来ないんじゃないかしら? 修道院に辿り着くのは夕方になると話していたから」

「では、明日その御者の家に行き、場所を聞き出せばいいわね」

 明日までなど待っていられないと扉へ向った俺の前にアクアトス公爵家の使用人達がサッと立ちはだかり邪魔をした。

「クリスタ」

 俺は使用人達に指示を出したクリスタを睨みつけた。

「ジェイド、今、叔母様が場所は御者に聞かなければ分からないと言われたでしょう?」

 ツンとすました顔で話したクリスタは、居間の椅子に腰を下ろす。

「山奥と言っただろう」

 山奥の修道院といっても、どの山か分からなければすぐに辿り着くことは難しい――そんな事は分かっていたが、それでも俺は一刻も早く彼女の下へ行きたかった。

 拳を握り苛立たしさを露わにする俺を見て、クリスタは目を細める。

「今から闇雲に探したところで見つけられない。時間の無駄よ。あなたは明日、私と共に御者の下へ行き、それからあの女の所へ向かえばいいの」

 確かに、クリスタの言う通り御者に聞いてから迎えに行く方がいい。だが……。

「御者の下へ行く事は分かるが、なぜ君も一緒に行く? 一緒に行って何をする気だ?」

 彼女が御者の下へ一緒に行く意味が分からない俺は、疑うような目を向けた。
 クリスタは目を見開き首を傾げる。

「もちろん、離縁書にサインを書かせるためよ。重婚は認められていないのだから、ちゃんとしておかないと、生まれてくる子供達が可哀想でしょう?」
「俺はローラと離縁するつもりはない」
「あら、あなたがそう思っていてもあの女は違うのではなくて?」
「そんな事は」

 言い返す俺に対し、クリスタはため息を吐き首を横に振った。

「ジェイド、私の言う通りに出来ないのなら、今すぐに山の方に雨を降らせてもいいのよ? それとも山に流れる川の水を溢れさせる?」
「雨? 水を溢れさせるって?」
「そう、山奥にあると言う修道院が無事ならいいけれど?」

 冷たい笑みを浮かべるクリスタ。

 今、俺がローラを探しに出れば、クリスタは今言った言葉を実行に移すだろう。

「分かった……。君と一緒に行く」
 俺は仕方なく了承した。

「それでいいのよ」

 思う通りの返事をした俺に満足したクリスタと母は、俺に明日レイズ侯爵家へ来るようにと告げてそれぞれの屋敷へと戻っていった。
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