まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

 翌朝、夫は笑顔で仕事へと向かった。

 部屋の窓越しに騎乗する彼の後ろ姿を見送る。
 ジェイドは騎士として王弟であられるサムス公爵閣下の下で働いている。今日はその公爵邸で夜会が行われる為、帰りは遅くなると聞いている。

 けれど今夜は彼が仕事から帰っても出迎えることは出来ない。

 私はここを出ていくから。

 別れの言葉も言わず、手紙すら置いて行かない。
(そんなものは必要ない。手紙なんて彼には迷惑でしかないだろうから)

 彼に買ってもらった服を着ていた私は、結婚前から持っていた茶色いワンピースに着替えた。

 家の中を片付けて、ベッドのシーツも新しいものと取り換えた。昨夜敷いていた物は、持ってはいけない私の衣類と一緒に屋敷の焼却炉で燃やした。一緒に使っていた食器は後から彼の母親が処分してくれるそうだ。

 これで私の痕跡はこの屋敷に残らない。


 金色の長い髪を一つに結び小さな髪飾りをつけた。
 指にはめていた結婚指輪と彼にもらったネックレスを外してテーブルの上に置く。
 私の支度はこれだけ。


 ドンドンドン!

 玄関扉が強く叩かれた。

 私は急ぎ、用意していた鞄を持って扉を開く。
 そこにいたのは夫の母親。約束通り迎えに来たのだ。

「支度は出来ている? さぁ、その馬車に乗って」
「……はい」
「あの子から貰った物はすべて置いて行くのよ。……その髪飾りは?」

 母親は私をサッと見ると、髪につけていた小さな飾りに目を留めた。

「これは私が教会のバザーで買った物です」

(これだけは、持って行きたい)

 彼と同じ緑色の瞳は疑うように顰められる。

「……そう、そうね。そんな安そうな髪飾りをたとえあなたにであろうと、息子が贈るはずはないもの」
「……」
「さぁ、早く乗って!」

 せかされながら私が馬車に乗ると、夫の母親は御者に駄賃を渡した。
 それから見送る事なく、さっきまで私が住んでいた屋敷へと入っていった。

「出すぞ」

 御者がしゃがれた声で言うと、すぐに幌馬車はガラガラと音を立て動き出した。

 かなり古い馬車だ。
 荷台には椅子もない、きっとこれは運搬用、人を運ぶ物ではないのだろう。
 振動もすごい。

「ふ……っ……」

 今まで堪えていた涙がボロボロと溢れて来た。
 この車輪の音なら声を出して泣いても御者には聞こえないだろう。

「ジェイド……」



 私に加護の力があったなら……。
 あなたに変わらず愛してもらえた?

 子供がいたなら、あなたの横にいられたの?
< 2 / 121 >

この作品をシェア

pagetop