まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 お昼になり、昼食が出来たとエマが呼びに来てくれた。

「今日は天気がいいから外で食べましょう」
「外で?」
「そう、楽しいのよ」

 手を洗い、エマについて行くと家の玄関前の広場に丸太を割って作ったようなテーブルと椅子が用意されていた。

 テーブルには昨日御者のおじさんにもらったリンゴを使って焼いたパイと、卵と野菜で作ったキッシュが並んでいる。

「もっと手の込んだものを出してあげられたらいいのだけれど」

 エマはちょっと恥ずかしそうに話した。

「とても美味しそうです」
「そう、よかったわ。さぁ、食べましょう!」

 エマはキッシュとパイを別々の皿に取り分けてくれた。
 二人で食べている様子を、ギルは見ている。

「ギルは、お昼は食べないの? 食べられるものがなかった?」

 キッシュを食べないかと見せたが、ギルは頭をブンブンと振る。
 要らないという事かな?

 エマはアップルパイを口にして「私、天才だわ」と頬に手を添えている。

「ギルは好き嫌いが多いの。料理に嫌いなものでも入っていたのでしょう。気にしないでいいわ」

 エマは後で何かあげるから大丈夫と言う。
 私は横に座り尻尾を小さく振っているギルの頭に触れた。

「ギルも私達みたいにお話が出来るようになったらいいのに。そうしたら何が好きか分かるのに」

 ギルはスリスリと頭を寄せ気持ちよさそうに目を閉じている。

「そうね、ギルが話せたら私も嬉しいわ……」

 そう話すエマの笑顔はとても寂しそうに見えた。

「クウーン」
 それに答えるかのように、ギルも悲しそうな声で鳴く。

 これまでエマは長い時をギルと共に過ごして来たと言った。
 けれど、どんなに家族であっても、ギルは犬。
 傍にいて気持ちが通じていたとしても、言葉を交す事は出来ない。

「ギルが私達と同じ言葉を話せるようになりますように」

 加護の力はないけれど、願う事は出来るから。叶わぬ願いが多いけれど、いつの日か叶う願いもあると思う。

 私の願いを聞いたエマは口元を綻ばせた。

「ありがとう。本当にそうなったらいいわね」

 声を交わす事は人と動物の様に種族が違っても可能だろう。

 けれど、同じ言葉を交すことはまた別のものだと思う。

 たった一言おはようと言い、同じ言葉が返って来ることがどんなに幸せなのかを私は知っている。
 名前を呼ばれる事がどんなに嬉しい事かを分かっている。

 その事を、私は彼に教えてもらったから。


 そういえば、エマはずっとギルと暮らしていると言っていたけれど、どうしてだろう? 

 ギルは普通の犬ではないの? 犬の寿命は人よりもずっと短い。けれど昨夜の話だと、ギルはすでに百年は生きている。魔女が飼っている犬だから長生きできるの?

 聞いてみようと思ったけれど、ギルを見ているエマの目が切なげでどうしても聞くことは出来なかった。


 昼食を済ませた後、私はまたギルと一緒に畑へ向かった。
 エマは、昼食後は眠るのだと言い家の中に入る。

 まだ少し残っていた雑草や小石を取り除き、さっきエマに渡してもらった魔女の秘密の液体を少しずつ柄杓で撒いた。この液体は土を元気にしてくれるらしい。

 畑に全て撒き終えた私は、近くにあった切り株に腰を下ろした。
 つい作業に夢中になり、ちょっと疲れてしまった。

 一つに結んでいた髪も少し乱れてしまい、結びなおそうと髪を解いた。
「あ」
 つけていた小さな髪飾りが地面に落ちた。
 すぐにギルがそれに鼻を寄せる。クンクンと匂い首を傾げる。

「ギル、これは食べ物じゃないのよ?」

 分かっていると知りながら私はそれを手に取って、ちょっとふざけて言った。
 ギルは「ワン」と吠え尻尾をパタパタと振る。

「これはね、ジェイドにもらった物なの。本当はね、全部置いていく約束だったんだけれど、これだけは嘘をついて持ってきちゃったの」

「クウーン」

 私は首を傾げているギルに、この髪飾りを買ってもらった時の話をした。

 彼が私を外へ連れ出してくれて、ステラという名前の彼の愛馬に乗せてもらった事。
 実は、はじめて馬に乗って落ちるかもとハラハラしていた事。それにすぐ近くに彼がいたことにずっと胸がドキドキしていた事。
 彼がこれを選んでくれて、髪につけてくれた事。「可愛いよ」って言ってもらえた事。

「きっとジェイドはこれを買った時の事なんて、覚えていないと思う。けれど私にとってはとても大切な物で、大切な思い出なの。ギルにも大切な物、ある?」

「ワンッ!」

「あるの? もしかしてそれは物ではなくて、エマかしら?」
「ワンッ!」

 高い声で吠えたギルは尻尾をパタパタと振っている。

「そう、素敵ね。――とても素敵」


 手のひらに乗せていた小さな髪飾りが夕陽を受けてキラリと光る。

 ――私の大切な人はジェイドなの――

 もう口にしてはいけない言葉は胸の中で思うだけにした。

 ギルと一緒に沈んでいく夕陽を見ていると、家の中からエマの優しい声がした。

「ローラ、ギルもう家に入って。夕飯にするわよー!」
「ワンッ」
「はーい」

 小さな髪飾りを髪につけると、私はギルと家に入った。
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