まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
午前中はエマも一緒に、昼からはギルと畑に出て種を蒔いたり、遊んだりしながら楽しい時間を過ごした。
「わぁ、きれい」
いつの間にか空はオレンジ色に染まっていた。
「ギル、ほら見て。とっても綺麗」
ギルと並び夕陽に目を向ける。
不思議。誰かと一緒に見る景色はどうしてこうも違って見えるのだろう。
別荘に一人でいた頃は、沈んでいく夕陽のオレンジ色が嫌いだった。
この色がなくなると、空は闇に覆われて長くて寂しい夜が来るから。
それは公爵邸に戻ってからも、変わらなかった。
ジェイドに出会い、彼が会いに来てくれるようになると、夕陽を見るとせつなくなった。
昼間に会いに来てくれる彼は、夕方には帰ってしまうから。
私は一人、公爵邸の離れの窓から帰っていく彼の後ろ姿を見送っていた。
――また、こんなことを考えてしまって。
突然、横にいたギルが何かに気づき家の入口の方へ走り出した。
「ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
どうしたのだろうと思い振り返ると、そこにジェイドの姿がある。
(ジェイド……どうして?)
ギルに吠えられていたジェイドは、周りを見渡し私を見つけると、こちらへと歩き出そうとする。だが「待ちなさい、ジェイド」と命令するかのような冷たい女性の声が、彼の動きを止めた。
声の主は、美しい青紫色のドレスを身に纏った女性。使用人に抱きかかえられながら現れたその人は、ジェイドの横に並び立つと、侵入者に向け吠えるギルを冷たく見下ろし「黙らせて」と一緒に来た二人の使用人に命令した。
使用人達は腰に携えていた棒のようなものを容赦なくギルに向け振り下ろす。
(ギルッ!)
ギルはそれをヒラリとよけ彼等から距離を取り、唸り声を上げた。
女性は使用人へ早くしろと命令しながら、ジェイドの視線の先にいた私に目を据える。
(あの人は……)
鋭い視線で私を見る女性には見覚えがある。一昨日、水晶玉で見た人。ジェイドが愛する人。
肩までで切りそろえられた銀糸の様な髪、アメジストの様に輝く紫紺の瞳。
水の加護を持つアクアスト公爵令嬢クリスタ様だ。
クリスタ様は私を見て口角を上げた。
「あなたが加護なしね?」
笑みを浮かべながらも、私へと向けられているその視線はとても冷たい。
何かを答えなければと口を開きかけたが、手で止められた。
「なにも言わなくていいわ。私があなたに話をしに来ただけだから」
「……はい」
そう一言答えると、クリスタ様は満足したように笑った。
「私はアクアトス公爵クリスタよ。叔母様から聞いていると思うけれど、ジェイドとは従兄妹になるの。そして、今度結婚するわ」
「クリスタ、その話は」
ジェイドは慌てた様子でクリスタ様に目を向けた。
クリスタ様は冷たい感じのする紫紺の瞳で鋭く見つめ返す。
「ジェイド、約束したでしょう? 私の話が終わるまで黙っていなさい」
「……っ」
何かを言おうとしたジェイドは悔しそうに肩を震わせている。
黙ったジェイドを見て、それでいいとばかりに頷いたクリスタ様は私に向き直った。
「今日、ここへ来たのは、あなたに離縁書のサインを書かせるためよ」
離縁書? ひと月前、お義母様に大聖堂に出すために必要だと云われサインをしたけれど、あれは違うものだったの?
私をじっと見ていたクリスタ様は、急にクスクスと笑い出した。
「ねぇ、ジェイドがあなたと結婚をしたその本当の理由を知っている?」
理由……?
「クリスタ? お前何を?」
戸惑っているように見えるジェイドの横で、クリスタ様は声を大きくする。
「結婚の相手は加護を持つ公爵家の者ならば誰でもよかったの。その理由は分かるわよね?」
加護を持つ公爵家、それは……。
「魔力を持つ子供を生ませるためよ。私に断られたジェイドは、仕方なく財を成せるアーソイル公爵の下へ行ったのよ。でもね、残念な事に、あなたのお姉様たちは魔力を持たない彼には見向きもしなかったの」
「そんなこと……」
「諦めていた時にあなたに出会ったの。本人に加護は無くてもアーソイルの者には変わりないものね? 子供に加護持ちか魔力持ちが生まれる可能性は高いでしょう?」
「違う! それだけの理由じゃない!」
ジェイドは首をなんども横に振る。
それを見たクリスタ様は冷笑を浮かべた。
「ほらね、その理由もあったと、今彼自身が認めたわ」
「そうじゃない、どうしてそんな事を」
焦るように話すジェイドの声を遮り、クリスタ様は話を続けた。
「けれど彼とあなたが離縁をすることになったのは、二年も子供を作れなかったあなたのせい」
刺すような紫紺の双方が私に向けられる。
「親族から捨てられるような加護なしをもらってあげたのに、子供も作れないなんて、あまりにも叔母様が可哀想でしょう? だから私が、ジェイドと結婚してあげることに決めたの」
してあげる? 二人は想い合っているのではないの?
私はジェイドに目を向けた。
「ローラ、違う。両親が何を言ったか知らないが、俺は君を!」
ジェイドは声を上げながら私の方へ踏み出そうとする。けれど、それをクリスタ様と共に来た二人の使用人が止めた。
クリスタ様はジェイドを見て呆れたような顔をすると、右の人差し指を左右に振った。
彼女の指先から青い光が現れ、それは空へと舞い上がり空中でパッと消えた。
その途端、ゴゴゴッという気持ち悪い音が山の方から聞こえはじめた。
唸り声をあげていたギルは何かに気づいたように、山頂に顔を向ける。
不気味な音に重なるように、クリスタ様の冷たい声が響く。
「あなたはジェイドに何もかも与えてもらったのでしょう? それなのにあなたは何も返す事ができない。加護もなく子供すら生んであげられない。けれど私には必ずできるわ。私の力があれば、彼にお金も名誉も与える事が可能なの」
「俺はそんな事」
ジェイドは抑え込んでいる使用人達から逃れようとしていた。
そんな彼を見て、クリスタ様はふうとため息を吐く。
「あなたをこの世から消す事に決めたわ」
「この世から消す?」
「そうよ、あなたがいるとジェイドが私のいう事を聞かないから」
まさかクリスタ様は私を?
加護持ちは自分の害となるものに容赦はない。
アーソイルは決まりがあり人を殺める事をしないけれど、他の加護には決まりはない。
アーソイル公爵を除く加護持ちの三公爵に『加護なし』が一人も存在していないのは、存在自体を消されているからだといわれている。
「わぁ、きれい」
いつの間にか空はオレンジ色に染まっていた。
「ギル、ほら見て。とっても綺麗」
ギルと並び夕陽に目を向ける。
不思議。誰かと一緒に見る景色はどうしてこうも違って見えるのだろう。
別荘に一人でいた頃は、沈んでいく夕陽のオレンジ色が嫌いだった。
この色がなくなると、空は闇に覆われて長くて寂しい夜が来るから。
それは公爵邸に戻ってからも、変わらなかった。
ジェイドに出会い、彼が会いに来てくれるようになると、夕陽を見るとせつなくなった。
昼間に会いに来てくれる彼は、夕方には帰ってしまうから。
私は一人、公爵邸の離れの窓から帰っていく彼の後ろ姿を見送っていた。
――また、こんなことを考えてしまって。
突然、横にいたギルが何かに気づき家の入口の方へ走り出した。
「ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
どうしたのだろうと思い振り返ると、そこにジェイドの姿がある。
(ジェイド……どうして?)
ギルに吠えられていたジェイドは、周りを見渡し私を見つけると、こちらへと歩き出そうとする。だが「待ちなさい、ジェイド」と命令するかのような冷たい女性の声が、彼の動きを止めた。
声の主は、美しい青紫色のドレスを身に纏った女性。使用人に抱きかかえられながら現れたその人は、ジェイドの横に並び立つと、侵入者に向け吠えるギルを冷たく見下ろし「黙らせて」と一緒に来た二人の使用人に命令した。
使用人達は腰に携えていた棒のようなものを容赦なくギルに向け振り下ろす。
(ギルッ!)
ギルはそれをヒラリとよけ彼等から距離を取り、唸り声を上げた。
女性は使用人へ早くしろと命令しながら、ジェイドの視線の先にいた私に目を据える。
(あの人は……)
鋭い視線で私を見る女性には見覚えがある。一昨日、水晶玉で見た人。ジェイドが愛する人。
肩までで切りそろえられた銀糸の様な髪、アメジストの様に輝く紫紺の瞳。
水の加護を持つアクアスト公爵令嬢クリスタ様だ。
クリスタ様は私を見て口角を上げた。
「あなたが加護なしね?」
笑みを浮かべながらも、私へと向けられているその視線はとても冷たい。
何かを答えなければと口を開きかけたが、手で止められた。
「なにも言わなくていいわ。私があなたに話をしに来ただけだから」
「……はい」
そう一言答えると、クリスタ様は満足したように笑った。
「私はアクアトス公爵クリスタよ。叔母様から聞いていると思うけれど、ジェイドとは従兄妹になるの。そして、今度結婚するわ」
「クリスタ、その話は」
ジェイドは慌てた様子でクリスタ様に目を向けた。
クリスタ様は冷たい感じのする紫紺の瞳で鋭く見つめ返す。
「ジェイド、約束したでしょう? 私の話が終わるまで黙っていなさい」
「……っ」
何かを言おうとしたジェイドは悔しそうに肩を震わせている。
黙ったジェイドを見て、それでいいとばかりに頷いたクリスタ様は私に向き直った。
「今日、ここへ来たのは、あなたに離縁書のサインを書かせるためよ」
離縁書? ひと月前、お義母様に大聖堂に出すために必要だと云われサインをしたけれど、あれは違うものだったの?
私をじっと見ていたクリスタ様は、急にクスクスと笑い出した。
「ねぇ、ジェイドがあなたと結婚をしたその本当の理由を知っている?」
理由……?
「クリスタ? お前何を?」
戸惑っているように見えるジェイドの横で、クリスタ様は声を大きくする。
「結婚の相手は加護を持つ公爵家の者ならば誰でもよかったの。その理由は分かるわよね?」
加護を持つ公爵家、それは……。
「魔力を持つ子供を生ませるためよ。私に断られたジェイドは、仕方なく財を成せるアーソイル公爵の下へ行ったのよ。でもね、残念な事に、あなたのお姉様たちは魔力を持たない彼には見向きもしなかったの」
「そんなこと……」
「諦めていた時にあなたに出会ったの。本人に加護は無くてもアーソイルの者には変わりないものね? 子供に加護持ちか魔力持ちが生まれる可能性は高いでしょう?」
「違う! それだけの理由じゃない!」
ジェイドは首をなんども横に振る。
それを見たクリスタ様は冷笑を浮かべた。
「ほらね、その理由もあったと、今彼自身が認めたわ」
「そうじゃない、どうしてそんな事を」
焦るように話すジェイドの声を遮り、クリスタ様は話を続けた。
「けれど彼とあなたが離縁をすることになったのは、二年も子供を作れなかったあなたのせい」
刺すような紫紺の双方が私に向けられる。
「親族から捨てられるような加護なしをもらってあげたのに、子供も作れないなんて、あまりにも叔母様が可哀想でしょう? だから私が、ジェイドと結婚してあげることに決めたの」
してあげる? 二人は想い合っているのではないの?
私はジェイドに目を向けた。
「ローラ、違う。両親が何を言ったか知らないが、俺は君を!」
ジェイドは声を上げながら私の方へ踏み出そうとする。けれど、それをクリスタ様と共に来た二人の使用人が止めた。
クリスタ様はジェイドを見て呆れたような顔をすると、右の人差し指を左右に振った。
彼女の指先から青い光が現れ、それは空へと舞い上がり空中でパッと消えた。
その途端、ゴゴゴッという気持ち悪い音が山の方から聞こえはじめた。
唸り声をあげていたギルは何かに気づいたように、山頂に顔を向ける。
不気味な音に重なるように、クリスタ様の冷たい声が響く。
「あなたはジェイドに何もかも与えてもらったのでしょう? それなのにあなたは何も返す事ができない。加護もなく子供すら生んであげられない。けれど私には必ずできるわ。私の力があれば、彼にお金も名誉も与える事が可能なの」
「俺はそんな事」
ジェイドは抑え込んでいる使用人達から逃れようとしていた。
そんな彼を見て、クリスタ様はふうとため息を吐く。
「あなたをこの世から消す事に決めたわ」
「この世から消す?」
「そうよ、あなたがいるとジェイドが私のいう事を聞かないから」
まさかクリスタ様は私を?
加護持ちは自分の害となるものに容赦はない。
アーソイルは決まりがあり人を殺める事をしないけれど、他の加護には決まりはない。
アーソイル公爵を除く加護持ちの三公爵に『加護なし』が一人も存在していないのは、存在自体を消されているからだといわれている。