まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

9 谷底で

「ローラ、ローラ」

 ――知らない男の人の声がする。

「ローラ、お願い。目を開けて」

 とても優しそうな声の人は、なぜか私の名前を呼んでいる。

「だれ……?」
「ローラ!」

 目を開けたけれど、暗くてよく見えない。

 ここは……?
 近くには川の流れる音がする。
 ここは谷底?

「ローラ、体は大丈夫?」

 声の人は私の事が見えているのだろうか?

「ええ、どこも……?!」

 そう言って体を起こそうとした私は、自分を抱きしめている人に気が付いた。

 この腕を私はよく知っている。
 何度もこの腕に抱きしめられたことがある。

「ジェイド?」

 見えないけれど、間違えるはずはない。
 今、私を抱きかかえているのは、さっきまでクリスタ様の横にいたジェイドだ。

「ジェイド」

 声を掛けるけれど、彼は何も言わない。

「ちょっと待って、今、明るくしてみるから」

 誰かの声はそう言うと、呪文のようなものを唱える。
 その途端、周りがほのかに明るくなった。

「ああ、よかった。簡単な呪文なら使えるみたいだ」
「え?」

 私はなんとか体を起こし、声のする方に顔を向けた。

 そこには、土で汚れたギルの姿がある。

 ――もしかして、今の声はギル?

 ギルは私を見て尻尾を二度ほど振ると、横たわっているジェイドに顔を向けた。

「彼にも怪我はないようだね」

 そう言われ、彼に目を落とす。
 体中に土は付いているけれど、どこにも怪我をしている様子は見られない。
 ただ、気を失っているようにみえる。
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