まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 ディオライド王国には精霊の加護を持つ四つの公爵が住んでいる。
『火』の精霊の加護を持つ、黄金の瞳のフレイ公爵。
『風』の精霊の加護を持つ、蒼黒の瞳のウイナー公爵。
『水』の精霊の加護を持つ、紫紺の瞳のアクアトス公爵。
『土』の精霊の加護を持つ、深紅の瞳のアーソイル公爵。

『火』『風』『水』の加護はその名の通り火、風、水を操る力。自国を守り、他国を攻め入る事にも使われるその力は時に人々に恩恵を与え、時に人々の命をも奪うものだ。

 ただ『土』の加護の力は他とは異なるものだった。

『土』の加護は操るものではなく、生み出す力だ。

 アーソイル公爵家の者が砂に触れれば砂金が現れ、田畑に触れれば豊富な実を成す土へと変える。
 四つの加護を持つ公爵の中で唯一財を成す事の出来るアーソイル公爵の加護の力。
 その力は男児に濃く受け継がれる為外へ出す事はなかったが、女児は家を出て他の者と結婚をする事を許されていた。
 加護持ちのアーソイルの娘を娶れば何をせずとも財を成せるのだ。人々は挙って欲しがった。

 私は『土』の加護を持つアーソイル公爵の四女。

 母親は、これまで兄を含む四人の加護の力を持つ子供を産んでいた。皆、次に生まれる子供も必ず加護を持っているだろうと、誕生を心待ちにしていたという。

 だが、母親が私を産んだ直後に命を落とした。

 その上、母親の命と引き換えの様に生まれた私の瞳はアーソイル公爵家の深紅の瞳ではなく薄い淡紅色。

 アーソイル公爵家当主であるお爺様、父親や兄姉達は私が母の命を奪ったと憎み、淡紅色の瞳を持つ私を拒んだ。

 他の公爵家であれば命はなかったかもしれない。

 しかし、アーソイル公爵には人の命を殺めるまたはそれに伴う行為をしてはならないという決まりがある。それを破ればたちまち加護の力は失われてしまう。

 当主であるお爺様は、たとえ瞳の色が薄くともアーソイル公爵家の者には違いはなく、加護の力は持っているかもしれないと考え、生まれて間もない私に乳母を付け離れに住まわせた。

 加護の力は生まれてすぐには現れない。物心がつき、祈りを込められる歳になって初めて現れるのだ。
 私は家族に疎まれ乳母に憐れまれながら育てられた。

 歩けるようになり、話せるようになり、物心がつくとされる三歳になった私は加護の力があるのかを調べられた。だが、何も起きなかった。
 それは半年に一度試された。

 しかし、何度試しても何も起きない。六歳になった頃、見た事がないからやり方が分からないのだろうと、兄姉達の前に連れていかれ力を見せてもらう事となった。
 その時初めて会った兄姉は私に冷たい目を向け、それから用意されていた石に手を乗せ祈りを込めた。
 石はパッと光を放つ。その石を割ると、そこに宝石が生まれていた。
 私も同じように石に手を乗せ祈ってみたが、石は光もせず割っても何もない。
 何度も試したが、どんなに私が祈りを込め願おうとも、石はただの石。私の加護の力は埋もれているのか何も起きない。

 何も生み出せない私は『加護なし』と判断された。

 『加護なし』となった私は公爵家には必要のない存在となった。しかし、離れで暮らしていたとはいえ、六年もの間公爵邸にいた私の存在は多少なりとも周りに知られている。

 加護もなく、瞳の色も薄い私が公爵邸に住む事を許せなかったお爺様は、病気の療養という名目をつけ公爵家の持つ遠く離れた場所にある別荘へと送った。
 連れて行かれた別荘は、公爵家の物と思えないほど古く小さいものだった。
 そこに住むのは私一人。お爺様は私が一人では何も出来る筈はないと、暮らしていく中で自ら命を落とすのを待ったのだ。
 飢え死にをさせる事は人を殺める事となる為か、食料だけは月に二度ほど運んでもらえたが、私は料理が出来ない。ナイフを持ったこともなければ、火のつけ方も知らない。
 果物やパンはそのまま口にして、使う事の出来ない食材は少し離れた場所に置き野生の動物たちに与えた。

 何をすればいいかも分からない私は、古い別荘の中からただ近くに見える湖を眺める日々を過ごした。

 お爺様の思惑通り、まだ子供の私が一人で生きていくことは難しい事だった。

 何よりも夜が怖かったことをよく覚えている。
 昼間とは違う表情に変わる屋敷の中。外からは今まで聞いたことのない生き物の鳴き声がする。頭から掛布を被り、朝が来るのを待つ事しか出来なかった。

 どれくらいだったか忘れてしまったが、食材を運んでくれる老人が、見かねて火のつけ方を教えてくれた。
 ふた月に一度、私が生きているかと様子を見に来る公爵家の使用人も、こっそりと本や衣類を運んでくれるようになった。
 一人はとても寂しかったけれど時折訪ねて来てくれる人々のおかげもあり、私はなんとか、そこで暮らした。

 元々公爵邸にいても離れで乳母と二人きりの暮らしだった。それが一人になっただけだから耐えられたのかも知れない。

 ある時、動物が食べ物を土に埋めているのを見た私は、真似をして果物の種を埋めてみた。
 加護の力があれば簡単に芽が出て、たくさん果物が採れる。
 残念ながら私にはその力はないが、それでもいつかは芽が出るかもしれない、そう思ったのだ。


 ――十年が過ぎ。

 私は十六歳になった。背も髪も伸び、見た目だけは大人になっていた。

 ここでの暮らしにもすっかり慣れ、自己流だが何でもできるようになっていると思う。
 洗濯も掃除も、服を繕う事も覚えた。
 自分の手で畑を耕し作物を育てる事も出来ている。

 自己満足ではあるけれど、私が育てた野菜や果物はとても美味しかった。

 何も出来ず命を落とすだろうと云うお爺様の思惑は外れたのだ。

 そんなある日、お爺様が亡くなったと公爵家の使用人が私を迎えに来た。

 迎えは父親が寄越してくれたのだという使用人の言葉に、私を思ってくれていたのだと喜んでしまったがすぐに間違いだったと気づかされた。

 迎えを寄越した父親は、私に会いたかった訳でも憐れみを感じた訳でもない。単に別荘に食料を運ばせることが面倒だったようだ。

 屋敷に戻った私は以前住んでいた離れで暮らす事となり、別荘で一人暮らしていた時とさほど変わらない日々を送る事になる。

 ただ、ここでは料理も、畑仕事も何一つする事はない。私は、ほとんどの時間を部屋の中で過ごした。

 たまに、使用人に頼み裏庭に造られている小さな菜園の手入れをさせてもらう事だけが幸せな時間だった。
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