まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
――それは、谷底でギルに話そうとしていた事。
レイズ侯爵家は魔力持ちの家系だ。義両親は魔力持ちの子を持つために結婚をされたと言われた。だが生まれてきた息子達には魔力はなかった。息子達もまた、魔力持ちの子を持つために少しでも可能性のある魔力持ちと結婚をした。私には加護はないがアーソイル公爵の娘には違いなく、魔力を持つ子が産まれる可能性は十分にあった。
けれど、私にはなかなか子供が出来なかった。
優しい彼は、私に子供はまだ要らないと話していた。だがそれは本心ではなかった。
彼は子供を欲していたのだ。
その心を言わぬまま、彼は私に見切りをつけ、クリスタ様と逢瀬を重ねるようになっていた。
「それもジェイドではなく、レイズ侯爵が話したのね?」
「はい」
「そう……でも信じられないわ。さっきの彼は……いえ、ローラ話を続けて」
そうしてその事を裏付ける『お茶』の話をした。
二か月前、彼が私にくれたお茶。体によく、子供を授かりやすくなるのだと言われ飲んでいたお茶は、その実、避妊の効果のあるものだった。その事も、レイズ夫妻が教えてくれた。彼はクリスタ様との結婚を考えていて、私との間に間違って子供が出来ないようにと、わざわざ取り寄せていた。
話を聞いたエマは何度も瞬きをする。
「本当に? でも、ローラはどうしてそれを知った後も飲み続けたの? あなたは彼の子供を欲しかったのでしょう?」
「お茶を飲まなければ、すぐにでも別れを口にされてしまうと思いました」
「別れを? ジェイドから?」
彼と同じ新緑の瞳が、大きく見開かれる。
私は首を縦にした。
「彼は優しいから、私に別れを告げられずにいるのだとお義母様に言われました。その言葉の通り、彼は変わらず優しかった」
別れたがっている事など微塵も感じさせないほどに。
「それはやっぱりレイズ夫妻の嘘じゃないの? ねぇ、私にはそうとしか思えないけれど」
私は、エマに違うと小さな声で告げた。
レイズ侯爵夫妻が私に嘘をつく理由もない。けれど、もしかしたらと、私だって一度考えたことはあった。
「侯爵邸に行った彼は、間違いなくクリスタ様との逢瀬を重ねていました」
「まって、ローラどうして彼があの女と会っていると分かったの?」
「彼が侯爵邸に行き出した頃から、体から甘いユリの香りがするようになりました。それは、お義母様にはなかった香りでした」
その事は、レイズ夫妻が離縁を言い渡しに家に来られた時気づいた。
私はずっと、お義母様の香りだろうと思っていたのだ。私は交わした事がないけれど、親子であれば挨拶として抱き合う事もあるだろうから。香水の香りが移る事もあるだろう、そう思っていた。
ユリの香りと聞いたエマの顔色が悪くなる。
さっき彼女と会ったエマはそれを近くで感じ、知ったのだろう。
「そんな、そんな事……」
言葉を探そうとしているエマに申し訳なく思いながら、私は胸中を打ち明けた。
「彼と話せなかった理由は、それだけではないの。エマ、私は醜いんです」
「醜い?」
「私は、彼に想う人がいると知りながら、離れたくなくて知らない振りをし続けたの。彼の為と言い訳をしてお茶を飲み、彼の腕にすがり続けた」
――ずっと胸が苦しかった。
甘いお茶は、その正体を知った途端なかなか喉を通らなかった。
それでも……。
彼が笑っていたから、変わらず優しい目で私を見てくれたから彼の前では笑顔で飲んだ。
偽りの愛でもいいから傍にいて欲しかった。
「離縁の事を聞かなかったのは、別れを告げられる事が怖かったから」
私には加護もない、子供を持つ事も出来なかった。もらってばかりで何一つ返す事が出来ない。
何もかも持っているクリスタ様から愛された彼が、私を愛するはずはない。
「エマ、私には何もないの」
ずっと言えなかった。
「私は何も出来ないのに、彼の傍にいてよかったの?」
――不安だった。
「彼を愛しているから何も聞けなかった。愛しているから別れを選んだの。ジェイドに幸せになって欲しかった、彼の望みを叶えたかったの」
そう思うことで自分を誤魔化してきた。
我慢できず溢れ出る涙を拭う事なく、私は誰にも言えなかった気持ちをエマに話した。
「違うの……本当は別れたくない。彼と離れるなんて私にはできない……。私が叶えたかった。彼の子供を生みたかった。でもできないの……私、怖かったの、怖いの。要らないと言われ捨てられてしまう事が、一人になってしまう事が、暗闇に一人残される事が……一人が怖くて仕方ないの」
「ローラ……」
両手で顔を覆い泣き崩れてしまった私を、エマはそっと抱きしめてくれた。
「それがあなたの本当の気持ちなのね」
私はエマの腕の中で何度も頷く。
「ごめんなさいね、ローラ。あなたが彼に言えるわけがないと私は気づくべきだった。言えないわよね、あなたは彼に会うまで虐げられ、すべてを否定されてきている。周りにいた親切な仮面をかぶった大人たちも、あなたを憐れみながら誰一人として救う事をしなかった。あなたを救い出した唯一の人がジェイドだったのに、今その彼からも憐れまれ裏切られたと思っているのだから」
私はエマに謝らないで欲しいと言い、顔を上げた。
エマは首を横に振り、私が悪いのと話す。
「真実を確かめる事は不安な事だと私は知っていたのに、長く生きているうちにそれを忘れていたのよ」
エマは自分が彼に真実を聞く、それでいいかと私に尋ねた。
私は泣きながら頷いた。
「ローラあなたには、私達がいる事を忘れないで。私とギルは、まだ長い時を生きる。あなたを一人にすることはないわ」
もう少し温まったら出ましょうね、とエマは私の涙を拭いながら優しく笑った。
レイズ侯爵家は魔力持ちの家系だ。義両親は魔力持ちの子を持つために結婚をされたと言われた。だが生まれてきた息子達には魔力はなかった。息子達もまた、魔力持ちの子を持つために少しでも可能性のある魔力持ちと結婚をした。私には加護はないがアーソイル公爵の娘には違いなく、魔力を持つ子が産まれる可能性は十分にあった。
けれど、私にはなかなか子供が出来なかった。
優しい彼は、私に子供はまだ要らないと話していた。だがそれは本心ではなかった。
彼は子供を欲していたのだ。
その心を言わぬまま、彼は私に見切りをつけ、クリスタ様と逢瀬を重ねるようになっていた。
「それもジェイドではなく、レイズ侯爵が話したのね?」
「はい」
「そう……でも信じられないわ。さっきの彼は……いえ、ローラ話を続けて」
そうしてその事を裏付ける『お茶』の話をした。
二か月前、彼が私にくれたお茶。体によく、子供を授かりやすくなるのだと言われ飲んでいたお茶は、その実、避妊の効果のあるものだった。その事も、レイズ夫妻が教えてくれた。彼はクリスタ様との結婚を考えていて、私との間に間違って子供が出来ないようにと、わざわざ取り寄せていた。
話を聞いたエマは何度も瞬きをする。
「本当に? でも、ローラはどうしてそれを知った後も飲み続けたの? あなたは彼の子供を欲しかったのでしょう?」
「お茶を飲まなければ、すぐにでも別れを口にされてしまうと思いました」
「別れを? ジェイドから?」
彼と同じ新緑の瞳が、大きく見開かれる。
私は首を縦にした。
「彼は優しいから、私に別れを告げられずにいるのだとお義母様に言われました。その言葉の通り、彼は変わらず優しかった」
別れたがっている事など微塵も感じさせないほどに。
「それはやっぱりレイズ夫妻の嘘じゃないの? ねぇ、私にはそうとしか思えないけれど」
私は、エマに違うと小さな声で告げた。
レイズ侯爵夫妻が私に嘘をつく理由もない。けれど、もしかしたらと、私だって一度考えたことはあった。
「侯爵邸に行った彼は、間違いなくクリスタ様との逢瀬を重ねていました」
「まって、ローラどうして彼があの女と会っていると分かったの?」
「彼が侯爵邸に行き出した頃から、体から甘いユリの香りがするようになりました。それは、お義母様にはなかった香りでした」
その事は、レイズ夫妻が離縁を言い渡しに家に来られた時気づいた。
私はずっと、お義母様の香りだろうと思っていたのだ。私は交わした事がないけれど、親子であれば挨拶として抱き合う事もあるだろうから。香水の香りが移る事もあるだろう、そう思っていた。
ユリの香りと聞いたエマの顔色が悪くなる。
さっき彼女と会ったエマはそれを近くで感じ、知ったのだろう。
「そんな、そんな事……」
言葉を探そうとしているエマに申し訳なく思いながら、私は胸中を打ち明けた。
「彼と話せなかった理由は、それだけではないの。エマ、私は醜いんです」
「醜い?」
「私は、彼に想う人がいると知りながら、離れたくなくて知らない振りをし続けたの。彼の為と言い訳をしてお茶を飲み、彼の腕にすがり続けた」
――ずっと胸が苦しかった。
甘いお茶は、その正体を知った途端なかなか喉を通らなかった。
それでも……。
彼が笑っていたから、変わらず優しい目で私を見てくれたから彼の前では笑顔で飲んだ。
偽りの愛でもいいから傍にいて欲しかった。
「離縁の事を聞かなかったのは、別れを告げられる事が怖かったから」
私には加護もない、子供を持つ事も出来なかった。もらってばかりで何一つ返す事が出来ない。
何もかも持っているクリスタ様から愛された彼が、私を愛するはずはない。
「エマ、私には何もないの」
ずっと言えなかった。
「私は何も出来ないのに、彼の傍にいてよかったの?」
――不安だった。
「彼を愛しているから何も聞けなかった。愛しているから別れを選んだの。ジェイドに幸せになって欲しかった、彼の望みを叶えたかったの」
そう思うことで自分を誤魔化してきた。
我慢できず溢れ出る涙を拭う事なく、私は誰にも言えなかった気持ちをエマに話した。
「違うの……本当は別れたくない。彼と離れるなんて私にはできない……。私が叶えたかった。彼の子供を生みたかった。でもできないの……私、怖かったの、怖いの。要らないと言われ捨てられてしまう事が、一人になってしまう事が、暗闇に一人残される事が……一人が怖くて仕方ないの」
「ローラ……」
両手で顔を覆い泣き崩れてしまった私を、エマはそっと抱きしめてくれた。
「それがあなたの本当の気持ちなのね」
私はエマの腕の中で何度も頷く。
「ごめんなさいね、ローラ。あなたが彼に言えるわけがないと私は気づくべきだった。言えないわよね、あなたは彼に会うまで虐げられ、すべてを否定されてきている。周りにいた親切な仮面をかぶった大人たちも、あなたを憐れみながら誰一人として救う事をしなかった。あなたを救い出した唯一の人がジェイドだったのに、今その彼からも憐れまれ裏切られたと思っているのだから」
私はエマに謝らないで欲しいと言い、顔を上げた。
エマは首を横に振り、私が悪いのと話す。
「真実を確かめる事は不安な事だと私は知っていたのに、長く生きているうちにそれを忘れていたのよ」
エマは自分が彼に真実を聞く、それでいいかと私に尋ねた。
私は泣きながら頷いた。
「ローラあなたには、私達がいる事を忘れないで。私とギルは、まだ長い時を生きる。あなたを一人にすることはないわ」
もう少し温まったら出ましょうね、とエマは私の涙を拭いながら優しく笑った。