まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

2 出会い

私がはじめてジェイドに出会ったのは、アーソイル公爵家に戻ってから一年が過ぎた頃。

 その日は、本邸でパーティーが行われていた。

 汚れが目立たない茶色いワンピースに使用人から借りた白いエプロンを着た私は、いつものように裏庭に出ていた。

 今日のパーティーは昼食を挟み夕方まで行われる。
 その間使用人たちは本邸に行っていて、離れにも裏庭にも私一人。

 ここに住んでいても、公爵家の四女であっても疎まれている私にはパーティーなど関係がない。
 でも、それでいい。
 冷たい目を向けられる場所に行くより、ここで植物に触れている方がいい。

 風に乗りパーティーで奏でられている音楽が聞こえてきた。
(素敵な曲…………)

「今日は暖かいわね。風も心地いいし、素敵な音楽も聞こえるわ」

 ここに来てから手入れをさせてもらうようになった裏庭の植物たちに声をかけ、太陽の光を浴び実を輝かせていた熟れたオレンジを採って籠に入れた。一つ手に取り鼻に寄せる。

 爽やかで甘い匂いに少しお腹がすいてしまった。
(ジュースにする? それともジャム? 蜂蜜に漬けたら甘すぎるかしら?)

 後で、こっそりと厨房を貸してくれる優しいコックに頼んでみよう。
 でも今日は無理ね、忙しそうだもの。

「あと一つだけ、下さいね」

 オレンジの木に声をかけ、一つハサミで切り取った。


「ここは?」

 急に後ろから声がして振り向くと、そこに男性がいた。
 身なりの良い栗色の髪の青年は、私を見てすぐに誰かと聞いてきた。
 公爵家の四女だと答えると、驚いた顔になる。

 それもそうだろう。公爵令嬢ならば今頃はパーティーに出ている。
 使用人の様な格好をして、果樹の手入れなどしない。

 私は彼に背を向けた。

 この屋敷で私の顔を見たいと思う者はいないのだ。
 それは客人も同じだろう。

 すぐに立ち去ると思っていたが、彼はなぜかここに来た経緯を話し始めた。

 パーティーはアーソイル公爵令嬢と縁を持とうと多くの人が集まっていた。その人々の熱気に、少し風に当たろうと屋敷の表にある大きな庭園に出た彼は、会場に戻るつもりが迷ってしまいここに来たのだと言う。

 それから、しばらく見ていてもいいかと尋ね近くの花壇の端に腰を下ろした。

 どうせすぐにいなくなるだろうと私は背を向けたまま頷いた。

 彼は失礼な態度をとる私の事を咎める事なく、自身の事を話し始めた。

「私はレイズ侯爵家の次男ジェイド・レイズだ。今日はアーソイル家の令嬢と縁がないかとパーティーに連れてこられたんだよ」

「そうですか」

 彼を見る事なく言葉を返した。
 彼もアーソイルの持つ加護を手にしたいと思う人、私には関係ない。

「君も公爵家の令嬢ならば、どうしてパーティーに参加しない?」

 ジェイドは気遣うように私に尋ねる。

 公爵令嬢がここにいる時点でおかしいと思ったのだろう。それも、こんな使用人と変わらない格好で。
 いや今着ているワンピースはずいぶん繕った物だから、それ以下かも知れない。

「私は……この家の者であるけれど、加護を持たない要らない人間なの。あなたが加護を持つアーソイル公爵家の令嬢を求めて来たのなら、一刻も早くパーティーに戻ってお姉様たちとお話した方がいいわ」

 私は振り返りジェイドに顔を向けた。
 よく見ると、ジェイドはとても整った顔をしている。
 美しく優しさのある顔だと思った。

「……あなたならきっと気に入られると思う」

 言葉が口をついた。

「……それ、君は私を気に入ったってこと?」

 思いがけない事を言われた。
(気に入った?)

 なぜか胸がトクンと音を立てる。

 こんな風に若い男の人と近くで話した事は初めてだから、そのせいかもしれない。

「分からないけれど、違うと思うわ」

「そう? それは残念だ」

 そう言うと彼はスッと立ち、私の目の前に来た。

 栗色の柔らかそうな長い前髪の間から、美しい新緑の瞳が私を映す。

「よかったら、名前を教えて欲しい」

 名前……?

 名前なんて乳母からしか呼ばれた事はない。
 聞いてどうするのだろう?
 おかしな人……。

 そう思いながら、名前を告げた。

「……ローラ」

 名前を聞いたジェイドは、嬉しそうに微笑んだ。

「ローラ、私は君ともっと話をしたいと思っている」

 私の名を呼んだ彼は真剣な眼差しを向けている。

 話をしたいと思っていると……。
 でも、
「私には加護がありません」
 私は何の役にも立たない。

 加護を欲する彼が、何も持たない私と話す事は意味がない。
 そう思い見つめ返せば、彼はとても優しく微笑んだ。

「それは関係ない。私は君に会いたいと思った。君が嫌でなければ、また会いに来てもいい?」

 少しだけ首を傾げるその仕種が、別荘の近くにいた栗鼠みたいで可愛く思えた。
 茶色い癖のある髪がそう思わせるのだろうか。

「……はい」

 そう答えてしまったのは会いたいと言われた事がはじめてだったからだろう。
 決して彼に何かを思ったわけではない。
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