まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 ――それは、エマがまだ幼い頃の話。
 その頃、アーソイル公爵の加護の力は他の公爵と同じ操り動かす力だった。
 アーソイル公爵も他の公爵と同様に他国を攻め入り自国を守る為にその力を使っていた。その力は他の三公爵を圧倒する力で、扱う事が難しいとされていた。
 ――ある日。公爵家に強盗が入り、幼き子息がその力で皆を守ろうとした。しかし、力を制御出来ず、母親と生まれて間もない妹の命までを奪ってしまうという痛ましい事故が起きた。
 その事故から、アーソイル公爵の力は今の『生み出す力』に代わった。
 土の加護を持つ者にだけ、命を奪ってはならないという決まり事が出来たのもその時からだ。

「生み出すと言っても、精霊が与えた力は元々そこにある物質を集めているだけ。土壌を豊かに変えることも同じで、奥深くに眠っている栄養を浮かび上がらせているだけなの。
だから彼らの力の効果は一時的、一度限り。永遠に続く訳じゃない」

「一時的……」

 言われてみれば、確かにそうだ。
『土』の加護は生み出す力。財を成す加護の力。
 アーソイル公爵家の者が石に触れ祈りを込めれば宝石を生み出し、砂に触れれば砂金が現れ、田畑に触れれば豊富な実を成す土へと変える。

 ――だが、その力を知った者にしか分からない事もあった。
 一つの石からとれる宝石は一つ限り。一度祈りを込め宝石を作り出した石は、死んでしまったかのように輝きを失くす。
 実りを生み出す土壌を保つためには、加護を持つ者が毎年祈らなければならない。加護持ちの祈りを受けなくなれば、途端にその地は枯れ果てた大地へと変わるのだ。

「アーソイル公爵の力では、同じ石から何度も宝石を生み出せはしない。豊かな実りをもたらす土地を保ち続ける為には、頻繁に祈りを捧げる必要がある」
「そうね、一度祈れば永久に効果があるというのなら、アーソイル公爵の加護の力は要らないものね」

 最初の一人が、大地に祈りを込めれば済む事だわとエマは話した。
 腕を組みエマの話を聞いていたギルが口を開く。

「けれどローラに現れた力は全く別物。エマにも出来なかった、僕やジェイドの封印を解いた。祈りを込めた浴室の石はまるで生まれ変わったように美しくなった。
生まれ変わった、とは少し違うな。蘇った?」
「そうね『蘇りの力』かしら。二人の封印も解いたのだから、元に戻る力? どちらにせよこれまでの加護持ちにはなかった力ね」
「戻る力?」

「ジェイドの耳飾りの石も元に戻っているし」

 ――え?
 横に座っているジェイドの耳を見てみると、割れていたはずの石が元の綺麗な状態に変わっていた。
 それに、以前より輝きを増しているような気もする。

「でも分からないのは、どうして今頃『力』が現れたのか。本来持っていた力なら、もっと早くに現れるはずなのよ。現れていたならローラが虐げられる事はなかったのに」

 エマの新緑の瞳が私へ向けられる。するとジェイドが、昨夜分かった事ですが、と口を開いた。

「力が現れた事には、ローラの『心』が関係していると思います」
「え?」
「彼女はこれまで愛されてこなかった。そのせいで自分の気持ちを伝える事を恐れるようになっていた。俺と出会って、結婚してからも残念ながらそれはあまり変わらなかった」

 話ながら、ジェイドは私の手を優しく握る。

「でも、家を出る前日、はじめて彼女は自分の心のままに動いた」

「ジェイド……」

『心のまま』――それは私があなたとの別れを決めた事だろうか?
 でも前日?
 よく分からず、ジェイドを見つめた。
 そんな私に、ジェイドはニッコリと笑って見せる。

「ああ、君を誘ったっていう夜の話?」

「え?」

 ギルは頬杖をつきながら私達を見て笑みを浮かべている。

「そうです」
 ジェイドが返事をすると、ギルとエマは分かったと頷いた。

「ジェイドと別れる決心をしたローラは、これで最後だと思って動いたのかな?」
「……はい」
「心を開いた為、ローラは『力』を使えるようになったという事?」
「はい。俺は自分の体に魔力が戻った時、そう感じました」
「わ……うん、僕もそうだと思う」
 ジェイドの話にギルも賛同する。

「そう……二人がそういうのなら、きっとそうね」

 エマは「アーソイル公爵は間違えたのね……」と声を落とし、水晶玉を撫でた。
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