まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
ジェイドは結婚してからも変わらず私に愛を伝えてくれた。
夜は同じベッドで眠り、三日おきに私を求めてくれる。
彼の腕に抱かれるたびに愛されているのだと感じた。
すぐにでも彼の子供を欲しいと思っていたが、一年が過ぎ二年目になっても授からない。
私は不安だった。
――私のせいかもしれない。
子供の時満足に食べられない事もあった。体を冷やしていた事も多くて、そういうことも子供の出来ない原因の一つになると最近読んだ本に書かれていた。
その事を話した時、ジェイドはそんな事はないと笑って「子供はまだいらない。もうしばらくは二人でいたい」と言ってくれた。
――しかし彼の本心は違ったようだ。
ひと月前、私が一人でいる屋敷に夫の両親が尋ねて来た事でそれを知った。
夫の母親が、居間の長椅子に腰を下ろし私を見上げる。
「あなた、我がレイズ侯爵家が魔力持ちの家だという事は知っているわよね?」
「魔力持ち……?」
テーブルを挟んだ向かい側で、立ったまま話を聞いていた私は驚いた。
――そんな話は知らない。聞いていない。
私が知る『魔力持ち』は『魔法使い』と呼ばれ、加護を持つ公爵達と同じく限られた存在という事だけ。
「レイズ侯爵家は、加護持ちと並ぶ貴重な存在。いえ、それ以上だわ。けれどどういう訳か、ジェイドの曽祖父の代から力が失われているの」
魔力は直系の男子に必ず受け継がれるのだとお義母様は言われた。
「魔力を持つ者の証となるのがこの新緑の瞳よ」
お義母様は私に目を見開いて見せた。
「私は、もう一つの魔力持ちだったライン辺境伯の娘なのよ。辺境伯家はなぜか男子に恵まれず、ずいぶん昔に魔力を途絶えさせてしまった。けれど魔力を持つとされる新緑の瞳は受け継がれているの」
お義母様の瞳はジェイドと同じ美しい新緑色。
でも私には、お義母様のその瞳が少し怖く感じた。
「私と主人はね、先代のレイズ侯爵様に魔力持ちだった両家の間に生まれた子であれば魔力は甦るだろうと言われ結婚をすることになったの。私は二人も子を生んだわ。けれど、残念ながら息子たちに魔力は現れなかった」
お義母様は虐げるような目を私に向ける。
「だから私達は仕方なく『加護持ちの公爵家』から伴侶をもらうことにしたの」
仕方なく……。
公爵よりも爵位は下とはいえ、魔力持ちであったレイズ侯爵家は別格なのだとお義父様が口をそえる。
「長男はフレイ公爵家の加護持ちの三女と結婚をした。あの子はすぐに子供を生んだ。でもね、男の子であったけれど瞳は黄金色、魔力持ちの新緑の瞳を受け継げていない。加護はあるかどうかまだわからないけれど、我が家の役には立たなかったわ」
話を聞いているお義父様は、つまらなそうな顔でお茶を飲んでいる。
「私達は財を成すアーソイルの加護を持つ者と婚姻を結ばせようと、あの日ジェイドをパーティーに連れて行ったの。けれど、あの子はあなたに出会ってしまった」
目を伏せたお義母様はため息をついた。
「ジェイドは親に意見をする事なんてない良い子なの。それなのに勝手にアーソイル公爵にあなたとの交際を頼み、私達にはあなたと結婚すると言って聞かなかった。
これほどまでにジェイドが言うのであれば、生まれてくる子供に力が現れるかもしれないと期待を込めて、あなたとの結婚を許したの。
しかし結婚から二年が過ぎたわ。これまで子を成せなければこの先も望めないでしょう。加護もないうえに子も持てないとは……」
「すみません」
私には謝る事しかできない。
お義母様はまたため息をつくと声を低くした。
「あの子は子供を欲しがっているわ」
「え…………」
どういうこと?
彼は子供はまだいいと言ってくれていたが、あれは本心ではない?
「でも、もういいの」
「もういい……とは?」
もう子供は要らないという事? それを伝えに来たの?
両親が何を言いたいのかよく分からない。
不安になった私は、左手につけている結婚指輪に触れた。
その様子を見たお義母様は目を細める。
「ジェイドはまだあなたに言っていないのでしょう?」
「何を……?」
「そうね、あの子は優しいからまだ言ってないわよね。では、私から教えてあげるわ」
バクバクと心臓が音を立て始めた。
今から言われる事はきっと私にとってよくない事だ……そう思った。
そして、その考えは当たってしまう。
「ジェイドには相手がいるの。私の姉の娘になるアクアトス公爵家の三女クリスタよ。もちろん彼女は加護を持っている、それもとても強い力なの」
「相手……?」
「分からない? ジェイドはあなたと別れ、クリスタと一緒になりたがっている。もう何度も我が侯爵邸で逢瀬を重ねているわ。クリスタとであればきっと魔力持ちの子が生まれるでしょう」
「そんな…………」
昨夜も私は彼に愛された。いつもと変わらず愛を囁いてくれて……。
寒くもないのに体が小さく震えはじめる。
次々と告げられる信じられない話に思考が追いつかない。
(ジェイドは私と別れたいの? クリスタ様と逢瀬を重ねている?)
前に組んだ私の両手はカタカタと震えている。
そんな私を見ていたお義母様は、スッと椅子から立ち上がった。
新緑の瞳が私を冷たく見下ろす。
「ジェイドと離縁なさい」
「…………」
答える言葉が出てこない。
だって私は別れたくない。――別れたくないの。
何も言えずにただ震えている私を見て、夫の母親は呆れた顔をする。
「あなたは、ジェイドに幸せになって欲しくはないの?」
「……幸せに?」
――もちろん、幸せになって欲しい。
彼にはいつも笑っていて欲しい。
けれど、その隣に私もいたい。
私が……。
「あなたは、あの子の望みも叶えられない上に、掴もうとしている幸せの邪魔をするの?」
「そんなこと…………」
私は首を横に振る。
「では、離縁してくれるわね?」
夫の両親は彼と同じ色の目で強く見つめ私の答えを待った。
「…………」
結婚から二年経ち、子が出来ない妻に離縁を言い渡す事は特別おかしな事ではない。
それに、夫にはすでに相手も……。
――彼の望み……それは子供。
彼の望む幸せを私は叶えられていない。
彼は私にたくさんの幸せを与えてくれたのに、私は与えられていない。
生まれてすぐに家族から疎まれ、誰からも必要とされず、瞳の色も薄く持つべき加護も持たない要らない存在の私では……。
そんな私では……。
――私では、彼を幸せにできない。
彼の相手だと言うクリスタ様は加護を持っている。
加護を持つ彼女なら、彼を幸せに出来る? 彼の望む子供を彼女なら生むことが出来るの?
私の望みは、彼が幸せになる事。
――だったら私は――
夜は同じベッドで眠り、三日おきに私を求めてくれる。
彼の腕に抱かれるたびに愛されているのだと感じた。
すぐにでも彼の子供を欲しいと思っていたが、一年が過ぎ二年目になっても授からない。
私は不安だった。
――私のせいかもしれない。
子供の時満足に食べられない事もあった。体を冷やしていた事も多くて、そういうことも子供の出来ない原因の一つになると最近読んだ本に書かれていた。
その事を話した時、ジェイドはそんな事はないと笑って「子供はまだいらない。もうしばらくは二人でいたい」と言ってくれた。
――しかし彼の本心は違ったようだ。
ひと月前、私が一人でいる屋敷に夫の両親が尋ねて来た事でそれを知った。
夫の母親が、居間の長椅子に腰を下ろし私を見上げる。
「あなた、我がレイズ侯爵家が魔力持ちの家だという事は知っているわよね?」
「魔力持ち……?」
テーブルを挟んだ向かい側で、立ったまま話を聞いていた私は驚いた。
――そんな話は知らない。聞いていない。
私が知る『魔力持ち』は『魔法使い』と呼ばれ、加護を持つ公爵達と同じく限られた存在という事だけ。
「レイズ侯爵家は、加護持ちと並ぶ貴重な存在。いえ、それ以上だわ。けれどどういう訳か、ジェイドの曽祖父の代から力が失われているの」
魔力は直系の男子に必ず受け継がれるのだとお義母様は言われた。
「魔力を持つ者の証となるのがこの新緑の瞳よ」
お義母様は私に目を見開いて見せた。
「私は、もう一つの魔力持ちだったライン辺境伯の娘なのよ。辺境伯家はなぜか男子に恵まれず、ずいぶん昔に魔力を途絶えさせてしまった。けれど魔力を持つとされる新緑の瞳は受け継がれているの」
お義母様の瞳はジェイドと同じ美しい新緑色。
でも私には、お義母様のその瞳が少し怖く感じた。
「私と主人はね、先代のレイズ侯爵様に魔力持ちだった両家の間に生まれた子であれば魔力は甦るだろうと言われ結婚をすることになったの。私は二人も子を生んだわ。けれど、残念ながら息子たちに魔力は現れなかった」
お義母様は虐げるような目を私に向ける。
「だから私達は仕方なく『加護持ちの公爵家』から伴侶をもらうことにしたの」
仕方なく……。
公爵よりも爵位は下とはいえ、魔力持ちであったレイズ侯爵家は別格なのだとお義父様が口をそえる。
「長男はフレイ公爵家の加護持ちの三女と結婚をした。あの子はすぐに子供を生んだ。でもね、男の子であったけれど瞳は黄金色、魔力持ちの新緑の瞳を受け継げていない。加護はあるかどうかまだわからないけれど、我が家の役には立たなかったわ」
話を聞いているお義父様は、つまらなそうな顔でお茶を飲んでいる。
「私達は財を成すアーソイルの加護を持つ者と婚姻を結ばせようと、あの日ジェイドをパーティーに連れて行ったの。けれど、あの子はあなたに出会ってしまった」
目を伏せたお義母様はため息をついた。
「ジェイドは親に意見をする事なんてない良い子なの。それなのに勝手にアーソイル公爵にあなたとの交際を頼み、私達にはあなたと結婚すると言って聞かなかった。
これほどまでにジェイドが言うのであれば、生まれてくる子供に力が現れるかもしれないと期待を込めて、あなたとの結婚を許したの。
しかし結婚から二年が過ぎたわ。これまで子を成せなければこの先も望めないでしょう。加護もないうえに子も持てないとは……」
「すみません」
私には謝る事しかできない。
お義母様はまたため息をつくと声を低くした。
「あの子は子供を欲しがっているわ」
「え…………」
どういうこと?
彼は子供はまだいいと言ってくれていたが、あれは本心ではない?
「でも、もういいの」
「もういい……とは?」
もう子供は要らないという事? それを伝えに来たの?
両親が何を言いたいのかよく分からない。
不安になった私は、左手につけている結婚指輪に触れた。
その様子を見たお義母様は目を細める。
「ジェイドはまだあなたに言っていないのでしょう?」
「何を……?」
「そうね、あの子は優しいからまだ言ってないわよね。では、私から教えてあげるわ」
バクバクと心臓が音を立て始めた。
今から言われる事はきっと私にとってよくない事だ……そう思った。
そして、その考えは当たってしまう。
「ジェイドには相手がいるの。私の姉の娘になるアクアトス公爵家の三女クリスタよ。もちろん彼女は加護を持っている、それもとても強い力なの」
「相手……?」
「分からない? ジェイドはあなたと別れ、クリスタと一緒になりたがっている。もう何度も我が侯爵邸で逢瀬を重ねているわ。クリスタとであればきっと魔力持ちの子が生まれるでしょう」
「そんな…………」
昨夜も私は彼に愛された。いつもと変わらず愛を囁いてくれて……。
寒くもないのに体が小さく震えはじめる。
次々と告げられる信じられない話に思考が追いつかない。
(ジェイドは私と別れたいの? クリスタ様と逢瀬を重ねている?)
前に組んだ私の両手はカタカタと震えている。
そんな私を見ていたお義母様は、スッと椅子から立ち上がった。
新緑の瞳が私を冷たく見下ろす。
「ジェイドと離縁なさい」
「…………」
答える言葉が出てこない。
だって私は別れたくない。――別れたくないの。
何も言えずにただ震えている私を見て、夫の母親は呆れた顔をする。
「あなたは、ジェイドに幸せになって欲しくはないの?」
「……幸せに?」
――もちろん、幸せになって欲しい。
彼にはいつも笑っていて欲しい。
けれど、その隣に私もいたい。
私が……。
「あなたは、あの子の望みも叶えられない上に、掴もうとしている幸せの邪魔をするの?」
「そんなこと…………」
私は首を横に振る。
「では、離縁してくれるわね?」
夫の両親は彼と同じ色の目で強く見つめ私の答えを待った。
「…………」
結婚から二年経ち、子が出来ない妻に離縁を言い渡す事は特別おかしな事ではない。
それに、夫にはすでに相手も……。
――彼の望み……それは子供。
彼の望む幸せを私は叶えられていない。
彼は私にたくさんの幸せを与えてくれたのに、私は与えられていない。
生まれてすぐに家族から疎まれ、誰からも必要とされず、瞳の色も薄く持つべき加護も持たない要らない存在の私では……。
そんな私では……。
――私では、彼を幸せにできない。
彼の相手だと言うクリスタ様は加護を持っている。
加護を持つ彼女なら、彼を幸せに出来る? 彼の望む子供を彼女なら生むことが出来るの?
私の望みは、彼が幸せになる事。
――だったら私は――