まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
家の前の道を右に曲がると、木陰を作る高い木が点々と植えてある。しばらく道なりに歩き、木を八本通り過ぎたところに見えた道を右に曲がれば、乗合馬車が停まる場所がある。
ここにはジェイドと二度ほど来たことがあった。
いくつかの馬車の御者に行先を訪ね、サムス公爵邸の近くまで行くという馬車に乗った。
客車の中は前を向いた座席が三列並んでいて、一番前の座席にはふくよかな女性が一人座っていた。
私はその後ろの席に座った。
すぐに、真っ赤な帽子を被った女性が乗ってきて、その人は私の横に腰を下ろした。
「いいお天気ですね」
女性は明るく話しかけてくる。
「はい」
客車の扉が閉まり馬車が走り出す。
すると、女性はまた話しかけてきた。
「これからお買い物ですか?」
「はい。……あの、サムス公爵様のお屋敷の近くにあるお菓子屋さんに」
「まぁ、偶然! 私もなんですよ! 実は知り合いに頼まれて持ち帰る事になっているんです」
ふふ、と笑った女性は深く帽子を被っている私の顔を覗き見る。
女性の瞳は氷のような水色だった。
その目に何となく怖さを覚えた私は、引きつったように笑った。
女性は目を逸らす事なく、ニッと口角を上げる。
「綺麗な蜂蜜色の髪ですね。お母様譲りですか?」
「え……?」
お母様譲り……?
髪を褒めてもらったのはエマ以来だけれど、そういう言い方をするのだろうか?
「あら、瞳はそのままなのですね」
「あの……?」
『瞳はそのまま』……それはどういう意味?
女性はただ微笑んでいる。
不安になった私は客車の中を見回した。
手紙には人気の菓子店と書いてあったのに、そこへ向かう馬車は、この箱馬車一台だった。
今乗っているのは私を含めたった三人。
その時、サムス公爵邸までは真進するはずの馬車が左へ曲がり脇道へ入った。
途端に馬車は速度を上げはじめる。
――何かおかしい。
「止まってください」
揺れる馬車の中、私は前の座席の背を掴み御者の方へと声を掛けた。
けれど、その声は届かなかったのか止まってくれない。
慌てている私に向け、横に座る女性は笑みを浮かべた。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ?」
「でも、私」
女性の氷のような目は私を捕らえるように見る。
「アーソイル公爵の四女様。あなたの乳母が公爵邸で待っています」
「え……?」
私がアーソイル公爵の四女という事は、誰もが分かる訳ではない。アーソイルの真紅の瞳であれば、そうとわかるはずだが、私の瞳の色は違うから。
それに私は、要らないと捨てられ、公爵邸では離れに置かれていた。
私の存在や瞳の色を知っているとすれば、アーソイル公爵と関わりのあるほんの一握りの者達のはず。
――はじめて会ったはずのこの人がどうして?
「どうして私の事を? それに乳母って」
別荘から公爵邸に戻った私は、真っ先に乳母に会いたいと願った。だが、乳母はすでにいない、どこに行ったかわからないと告げられた。
「会わせてあげますよ、四女様」
女性の上擦るような声に、背筋が寒くなった。
「い、嫌です。今更なぜ?」
「最近ようやく見つけたのです。会いたいでしょう?」
乳母には会いたい、けれどきっとこれは嘘だ。アーソイル公爵が、捨てた私を喜ばせるような事をするはずがない……。
そう思い、私は首を横に振った。
「そんな嘘は信じない!」
「嘘ではありませんよ。四女様」
「四女と呼ぶのはやめて下さい。私はもうアーソイルの者ではありません。レイズです。結婚し、あの家を出ています。馬車を止めて下さい、家に帰らないと」
馬車を降りようと立ち上がる私の腕を、女性は力強く掴むと椅子へ押し戻した。
「四女様、走行中の馬車の中で立つ事はお勧めできません。怪我をされては私が怒られるかも知れませんし。
それに、あなたが公爵邸へ行かなければ乳母はどんな目に遭うか、考えればお分かりになりますよね?」
低い声で話した女性は、口角を上げながら私を掴む手に力を込めた。
ここにはジェイドと二度ほど来たことがあった。
いくつかの馬車の御者に行先を訪ね、サムス公爵邸の近くまで行くという馬車に乗った。
客車の中は前を向いた座席が三列並んでいて、一番前の座席にはふくよかな女性が一人座っていた。
私はその後ろの席に座った。
すぐに、真っ赤な帽子を被った女性が乗ってきて、その人は私の横に腰を下ろした。
「いいお天気ですね」
女性は明るく話しかけてくる。
「はい」
客車の扉が閉まり馬車が走り出す。
すると、女性はまた話しかけてきた。
「これからお買い物ですか?」
「はい。……あの、サムス公爵様のお屋敷の近くにあるお菓子屋さんに」
「まぁ、偶然! 私もなんですよ! 実は知り合いに頼まれて持ち帰る事になっているんです」
ふふ、と笑った女性は深く帽子を被っている私の顔を覗き見る。
女性の瞳は氷のような水色だった。
その目に何となく怖さを覚えた私は、引きつったように笑った。
女性は目を逸らす事なく、ニッと口角を上げる。
「綺麗な蜂蜜色の髪ですね。お母様譲りですか?」
「え……?」
お母様譲り……?
髪を褒めてもらったのはエマ以来だけれど、そういう言い方をするのだろうか?
「あら、瞳はそのままなのですね」
「あの……?」
『瞳はそのまま』……それはどういう意味?
女性はただ微笑んでいる。
不安になった私は客車の中を見回した。
手紙には人気の菓子店と書いてあったのに、そこへ向かう馬車は、この箱馬車一台だった。
今乗っているのは私を含めたった三人。
その時、サムス公爵邸までは真進するはずの馬車が左へ曲がり脇道へ入った。
途端に馬車は速度を上げはじめる。
――何かおかしい。
「止まってください」
揺れる馬車の中、私は前の座席の背を掴み御者の方へと声を掛けた。
けれど、その声は届かなかったのか止まってくれない。
慌てている私に向け、横に座る女性は笑みを浮かべた。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ?」
「でも、私」
女性の氷のような目は私を捕らえるように見る。
「アーソイル公爵の四女様。あなたの乳母が公爵邸で待っています」
「え……?」
私がアーソイル公爵の四女という事は、誰もが分かる訳ではない。アーソイルの真紅の瞳であれば、そうとわかるはずだが、私の瞳の色は違うから。
それに私は、要らないと捨てられ、公爵邸では離れに置かれていた。
私の存在や瞳の色を知っているとすれば、アーソイル公爵と関わりのあるほんの一握りの者達のはず。
――はじめて会ったはずのこの人がどうして?
「どうして私の事を? それに乳母って」
別荘から公爵邸に戻った私は、真っ先に乳母に会いたいと願った。だが、乳母はすでにいない、どこに行ったかわからないと告げられた。
「会わせてあげますよ、四女様」
女性の上擦るような声に、背筋が寒くなった。
「い、嫌です。今更なぜ?」
「最近ようやく見つけたのです。会いたいでしょう?」
乳母には会いたい、けれどきっとこれは嘘だ。アーソイル公爵が、捨てた私を喜ばせるような事をするはずがない……。
そう思い、私は首を横に振った。
「そんな嘘は信じない!」
「嘘ではありませんよ。四女様」
「四女と呼ぶのはやめて下さい。私はもうアーソイルの者ではありません。レイズです。結婚し、あの家を出ています。馬車を止めて下さい、家に帰らないと」
馬車を降りようと立ち上がる私の腕を、女性は力強く掴むと椅子へ押し戻した。
「四女様、走行中の馬車の中で立つ事はお勧めできません。怪我をされては私が怒られるかも知れませんし。
それに、あなたが公爵邸へ行かなければ乳母はどんな目に遭うか、考えればお分かりになりますよね?」
低い声で話した女性は、口角を上げながら私を掴む手に力を込めた。