まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜

20再会

 私が乗った乗合馬車は、アーソイル公爵が手を回していた物だった。どういう訳か彼らは私の行動を知っていたのだ。

 今日、家を出る事はジェイドにも話していないのに。
 それに出掛けると決めたのは一昨日。

 あの日、また石を交換されに来られたお義母様は「遅くなってしまったけれど」と、以前売ってしまった石の代金を差し出された。

「あの石はジェイドにもらった物です。そのお金はジェイドに渡して下さい」

 そう伝えると、お義母様は悲しそうな顔をされた。

「あの子は私達をまだ許していないわ。返すと言っても受け取ることはないと思うのよ」
「……でも、私から渡すことは難しいです」

 あの石の代金を持って来られたと話せば、彼はなぜ自分がいない時に訪ねてきたのかと言うだろう。私のネックレスの石が変わった事に気がつくかも知れない。

 彼は確かにまだご両親に対して怒っているけれど、日が経つにつれその感情は少しずつ薄らいでいるように見えていた。
 けれどまたコソコソと自分が知らないうちに石を交換したと知れば、両親との仲は険悪にならないだろうか。

 どうしたらいいのかと考えていると、お義母様が急に明るい声で話し始めた。

「ちょうど明後日はジェイドの誕生日だわ。あなたから贈り物を渡したら喜ぶのではないかしら」
「それは……」
 何かを贈りたいとは思っていたけれど……。
「そんなに大金ではないのだから、このお金でいつもより少しだけ良いものを買ってあげれば分からないと思うのよ」

 いつもより少しだけ良いもの……それなら……。

 あの時の浅はかな考えがこんな結果になるなんて。
 こんなことになるのなら、ジェイドに出掛けると一言伝えておけばよかった。
 喜ばせようと思って、下手に隠し事なんてするから……。

 そうこう考えている間に、乗合馬車は止まった。

「ここで乗り換えていただきます」

 女性に言われ乗合馬車を降りるとそこに、二頭の黒い馬が引く黒塗りの豪華な馬車があった。

 その馬車の外観は、幼い頃に別荘へと送られた時に乗った物とよく似ている。

「どうぞ」

 扉が開き、見えた馬車の座席の色に足が止まった。

 ――その色は、アーソイルの瞳を象徴する深紅。

 乳母から引き離され押し込まれた馬車、ずっと泣いていたけれどあの馬車の座席の色は今もしっかりと覚えている。
 私の胸に、あの時の悲しくて暗い気持ちが思い出される。

 ――乗りたくない。

「どうぞ、お乗りください」

 いつまでも乗ろうとしない私に、女性はしびれを切らしたように声を尖らせた。
「はい」
 仕方なくその馬車に乗る。

 客車の両側には窓が付いていて、外の景色を眺める事が出来た。
 馬車はだんだんと速度を増し、街から離れた。しばらく進むと、濃い緑の針葉樹の入り口で停まった。そこには重厚な鉄の門があり、アーソイル公爵の家紋の入った制服を着た門番がいる。門番たちはアーソイルの馬車と分かるとすぐに、重そうな門を鈍い音を立てながら開き、中へと通した。

(今日はここを通されるのね……)

 ここからは、アーソイル公爵邸の本邸まで、美しい模様を描き敷かれている石畳の道が続く。
 アーソイル公爵家にとって要らない存在だった加護なしの私が、この道を通ったのはこれまでに二度。別荘に送られる時とここへ戻された時。

 それ以外、私にこの道を使う事は許されなかった。

 ジェイドと出掛ける時も、結婚が決まりここから出る時も、私が通ることを許されたのは、離れの裏口にある使用人や物を運び入れる為に使われる舗装のされていない土の道。

 公爵は私との交際を望み、会いに来てくれていたジェイドにも、土の道を使わせた。
 彼はレイズ侯爵の子息、それなのに私のせいで不当な扱いを受けさせる事となってしまった。
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