まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 ――やはり。

 俺は、大きなため息を吐きながら居間へと続く扉を力強く開いた。

 バンッ!

 その音に、皆は体をびくりと震わせる。

「ジェイド?!」
「なんだ!」

 絶対に来るはずがないと思っていた俺の登場に、椅子に座っていた両親は思わず立ち上がり、目を白黒させた。

「ジェイド、あなた仕事は? 今日は城に行っているはずじゃ……」

 母は裏返った声で、ローラしか知らないはずの話をする。

「やはりあの箱は声を伝える物。そして、あなた達も俺達の会話を盗み聞いていたのですね」
「箱……」

 両親は、分かりやすく顔を引き攣らせた。

「話は隣の部屋で聞かせてもらいました」
「話?」
「ローラをアーソイル公爵に売った事です」
「売った? 返して欲しいと言われたから返しただけよ?」

 上擦った声で話した母は、薄ら笑いを浮かべた。

「では、そのテーブルに積まれた金貨は? アーソイル公爵から貰ったものなのでしょう?」
 実証がそこにあるというのにまだ白を切る気なのだろうか。
 そこまで両親は……。

「これは……」

 言葉を詰まらせた両親は、力が抜けたように椅子に腰を下ろした。

 兄さんは、俺の前に来て頭を下げた。

「すまないジェイド。今すぐそのテーブルの上の物を持ってローラさんの所へ行ってくれ」
「兄さん」

 こうなったのは両親の行いに気づく事が出来なかった私の責任だと、兄は謝罪の言葉を繰り返した。

 それを聞いた父はテーブルに拳を叩きつけた。
 母が積み上げていた金貨が音を立て崩れ、幾つかは床に落ち、くるくると回って倒れた。

「黙れフェリクス! 家長でもないお前が何を偉そうな口を叩くな! あれを返すと決めたのは私達だ!」
「そうよフェリクス、あなたはいつものように私達のいう事に従っていればいいの。黙っていなさい。それにジェイド、私達はあなたの為に何も話さなかったのよ?」

 全く悪びれる様子もない母。

「俺の為?」

「アーソイル公爵は、あの子に力が現れた事を知り、加護持ちを魔力も金も権力もないレイズには渡しておくことはできない、返せと言ってきたのよ。だから返したの。騎士で嫡男でもないあなたではダメだと、散々馬鹿にされたのよ。
まったく、アーソイル公爵は他の公爵達より劣る力しか持たないくせに偉そうに言って……。これはその代価、もらって当然のものなの」

 口を尖らせ話した母は、袋に入った金貨を両手に掬い取った。

「馬鹿にされた? そんなことはどうだっていい! ローラは俺の妻だ、家族だ! 返すなんて、代価をもらうなどおかしいだろう!」

 俺の言葉をかき消すように母は手にしていた金貨を落とした。
 金貨のぶつかる高い音が部屋の中に響く。

 はぁ、と息を吐いた母は、俺を見据えた。

「ジェイド『妻』は赤の他人よ? 家族にはならないの」
「は? 何を」
「私は『妻』であるけれど家族なの。その違いは分かる?」

 何を言っているのかと、俺は目を顰めた。

「あの子はレイズ侯爵家と血の繋がりがないでしょう?」

「血の繋がり?」 
「そう、私はライン辺境伯の娘。新緑の瞳と魔力持ちの血を受け継いでいる。クリスタも同じ、レイズ侯爵家と血の繋がりがあるの」

 母は、クリスタを見て目を細める。


「ジェイド。叔母様は魔力を持った高貴な血を繋いでいくため私とあなたを結婚させたいのよ。血の繋がりのある私達をね」
 そう言うとクリスタは指先に青い光を集めてみせた。
 まるで魔法を使っているようなその姿を、両親は目を細めて見ている。

「あなた達は何を言っている? 魔力を持った? 魔力なんて今のレイズは誰一人持っていない。あるのはこの『瞳の色』だけだ」

 ――幼い頃はこの瞳の色が嫌でたまらなかった。
 魔力持ちの証と云われる、この国では珍しい鮮やかな緑色の瞳。

「それで十分よ。新緑の瞳こそが魔力持ちの証。体に魔力があるという確かなる証拠だわ」

「なぜそれほどまでに魔力に拘るのですか? これまでなかった魔力なんて今更必要ないでしょう?」

「あら、そんな事ないわ。力は必要よ? アーソイル公爵だってあの子に力が現れたから返せと言って来たぐらいだもの。分かる? ジェイド、どんなに地位も財産も持っていても『力』は特別なのよ」

 自分の言っている事は正しいのだと言わんばかりに母は話す。父は、新緑の瞳を鋭くし俺を見て口を開いた。

「今もそうだろう? 魔力を持たぬからこそ、騒ぎ立てる事しか出来ない。この場でどんなに言おうとも、アーソイル公爵の下へ行ったあの子はもう取り戻せない。
お前はレイズ侯爵家の為にクリスタと子をつくるのだ。クリスタとであれば魔力を持った新緑の瞳の子が生まれてくる。よいかジェイド、これはレイズ侯爵家に生まれたおまえの役目だ」

 俺の言葉など聞く耳を持たない両親に愕然とした。
 両親はレイズ侯爵家に魔力持ちを蘇らせる為だけに結婚をしている。それゆえに血の繋がりだけが家族だと言うのだろう。
 二人の結婚に愛はなく、力を持つ子供を生みだす為に子を作った。そう考えれば、両親を哀れにも思う。
 愛を知らないから、ローラの優しさにも、兄の思いにも気づけない。

 どんなに言葉で伝えても、このままでは彼らに伝わることはない。
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