まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
「なんとまぁ、驚くほど高慢なこと」

 部屋の中に女性の軽やかな声が響き渡り、空いていた席に白い煙が現れた。

 皆は驚きそれに見入る。

 煙は形を作りそこから美しい女性が姿を現した。
空いている椅子に浅く腰掛け、嫣然とした表情を浮かべて見せるその女性は、一緒に来ていたはじまりの魔女エマだ。
 エマと一度会った事があり転移魔法で飛ばされているクリスタは、その姿を見て、わなわなと震えながら指を差し叫んだ。

「この女、魔女よ!」

 甲高い声で叫ぶクリスタに、エマは一瞥をくれる。

「あら、アクアトスの……久しぶりね」

「何をしに来たのよ! 叔母様、この女よ! この魔女が私を!」
「あなた煩いわ、少し静かにしていてくれる?」

 エマは杖を振り、煩く騒ぎ立てるクリスタの動きを止めた。
 体の自由と声を奪われたクリスタは、悔しそうにエマを睨みつける。

「……魔女?」
 眉間に皺をよせた母は、クリスタの事など見もせずにエマを見つめた。

「そう、私は始まりの魔女。レイズ侯爵、あなた達の魔力を封印しているのは私なの。ここへはローラを探して来たのだけれど、どうやらいないみたいね」

 エマは足を組み、頬杖をついた。

「……私達の魔力を封印している?」

 その言葉に、両親は互いを見てニンマリと笑う。

「魔力を封印したという事は、私達は確かに魔力を持っているということ。そして封印ができるという事は、お前は解放も出来るのね?」

 話していた母は、何かに気づいたのかハッと目を見開いた。

「そういう事……。あの子が加護の力を現したのは、お前の所に行った後。お前があの力を開放したのね?」
「…………え?」

 思ってもいない事を言われ、つい素になったエマは慌てて表情を作った。

「クリスタに聞いていたのよ。修道院には魔女がいたと、それはあの子を守ろうとしたと」
「そうか、あの子を見て力がある事に気づき、それで開放したのか!」

 両親は、なぜかエマがローラの力を開放したと考えたらしい。

「そ、そうよ」
 エマは咄嗟に二人の話に合わせ、自分がローラの力を開放したように見せた。

 すると父は椅子を立ち座っているエマの下へ行き、指を突き付けた。
「ならば私達の力も開放しろ」

「……嫌よ」

 突き付けられた手を払いながら、エマは椅子を立った。
 エマと同じ目線になった父は顔を引きつらせる。

「あなたは魔力を取り戻した途端、私を攻撃するつもりでしょう?」
 エマの冷たい声が部屋に響く。

「そんな事はしない。私は魔法書を読んだこともない、魔力を手に入れたとしてもすぐには使えん」
 父は体を後ろに引き、作り笑いを浮かべながら首を横に振った。

「そう……分かったわ」

 嘘を吐いていると誰もが分かるその仕種を見たエマは、素っ気なく返事をした後、兄に目を向けた。

「あなたも魔力を持っているわよ? 解放しなくてもいいのかしら?」

 目が合った兄は迷うことなく首を縦にした。

「私はこのままで構いません。いまさら魔力などなくても」

 兄が自分の気持ちを言い終える前に、父の罵声が飛んできた。

「フェリクス、何を馬鹿な事を! それは本来持つべきものだぞ!」
「そうよ! この女が封印していなければ、私達は魔力持ちとして富も名声も持ち合わせていられたのよ! それを返してもらうだけ、当然の権利だわ!」

 母の金切り声に、兄は目を伏せ首を横に振った。

「母上、私は富や名声など要りません。これまでの通り、妻と子供と暮らしていければそれで十分です」
「そんな甘い事を言っているから、子供が新緑の瞳を受け継げなかったのよ!」

「それは関係ありません!」

 両親の罵声から守るように、兄は姉さんと子供の前に立ちはだかった。

「お前が魔力を持たないというのなら、ジェイドに跡を継がせる! ジェイド、お前は必ず封印を解き魔力を手に入れろ!」
「嫌です。俺はレイズ侯爵の名など要らない、頼まれても継ぐつもりはない」
「なんだと!」
「親に向かって口答えをするなんて!」

 二人は、俺がいつまでも従順だと思っていたのだろう。反抗的な言葉を口にする俺に対し、両親は青筋を立て怒り出した。


「あらあら、夫婦揃って、ダミアンによく似ているわね」
 遺伝かしら? とエマはクスクスと笑う。
「ダミアン? お爺様の事か?」
「そうよ、あの子もあなた達と同じで人の話を聞こうとしなかったわ」
「まるで本人に会ったような物言いをするな。始まりの魔女と言ったか、お前はいったい……」

 父の言葉には返事をすることなく、エマは兄の下へと歩いた。
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