まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 兄さんと同じ様に、俺も両親に育ててもらった恩を感じている。
 歳を重ねるごとに、自分が両親に都合よく扱われていると知ったけれどそれでもいいと思っていた。

 兄の思いを知り、一度決心が揺らぎかけたが迷う必要はない。

 ――俺は決めた。

「俺は父上と母上がローラにした事を許せない。これまでに彼女に言った言葉も、力を利用し騙した事も、俺から彼女を奪おうとする事も、兄さんにも、姉さんやエイダンにまであんな事を言うような人たちを――俺は許せない」

「許せないだと?!」

 父はテーブルを力強く叩き、俺を睨みつける。

「父上は大声で怒鳴り散らせば俺がいう事を聞くと思っているのでしょう。子供の時ならそれも通用したでしょう。けれど俺は大人です。いつまでもあなた達の思うようにはならない」

「ふざけるな! 私がお前の親である事は永遠に変わらない事実だ! 親の言う事を聞き、それに従う事が子の勤めだ」

 反抗する俺が気に入らない父は、顔を赤くし大声で怒鳴り散らす。

「どうしようもない」と呟いたエマは、父の大声に怯えて姉さんの腕にしがみ付いているエイダンに目線を合わせ、優しく声を掛けた。

「エイダン」
「はい」
 エイダンは小さな声で返事をした。

「ま、上手なお返事。エイダンはおりこうさんね! じゃあお姉さんの質問にも答えられるかしら?」

(お姉さん……)

「しつもん?」

「そうよ、エイダンは『ワンワン』と『ニャーニャー』どっちが好き?」

 尋ねられたエイダンは何度も瞬きをする。

「ワンワン? ニャーニャー?」

 エマは犬と猫の真似をしながらエイダンに聞いた。
 エイダンは首を傾げ、姉さんの顔を見る。

「ママはワンワンもニャーニャーも好きよ。エイダンはどっち?」

 自分の好きな方を言っていいのだと理解したエイダンは、ニッコリと笑い「わんわん好き!」と元気に返事をした。

「そう! エイダンはワンワンが好きなのね」

 エマは大きく頷くと、両親の方に向き直った。
 杖を頭上に掲げ、ニッコリと笑う。

「な、なにをする気だ?!」

 杖の先が光りはじめ、エマは両親を射るように見た。
 魔力持ちの証と云われる新緑の瞳が光を放つ。

「あなた達の心が変わったその時、魔法を解いてあげるわ。それまでしっかりと反省しなさい」

 エマは呪文を唱えはじめた。

「心が変わる? 何を言っている?」

 両親は何が起こるのか分からず、杖の先を凝視する。

 兄はその呪文を聞き取り、目を丸くして「変化の魔法……」と呟いた。

 兄の言葉の通り、これからエマが両親に向け放つのは変化の魔法だ。

 ――これは、俺が決めた事。

 呪文を終えたエマは杖を振り下ろす。
 二人の体を、魔法の光が包みこんだ。

「わあっ!」
「なっなにっ!」

 それは瞬きをするほんのひと時の間。


「わんわん!」

 姉さんの腕の中から嬉しそうな顔をしたエイダンが両親がいた場所へと手を伸ばす。

 悪態をついていた両親は、エマの魔法で可愛らしい犬に姿を変えた。
 真っ黒いフワフワした毛の小型犬。自慢の新緑の瞳は茶色に変わっている。

 犬になった両親は互いに見合わせ匂いを嗅ぐと、エマに向けキャンキャンと煩く吠えだした。

「エイダン、噛まれちゃうかもしれないから手を出しちゃだめよ」
「だめ?」

 首を傾げて聞くエイダンにエマは少しだけ待っていて、と告げ両親を見下ろした。

「あなた達、姿を変えても煩いわね。意識は人の時のままだから私の言葉は分かるでしょう?」
「キャンキャン!」
「せっかく可愛らしい見た目にしてあげたのに。それにしても見事に真っ黒ね。いい? この黒い毛はあなた達の心よ。富や名声、力にばかり囚われて近くにある大事な物に気づかないから心も真っ黒だったのよ。欲を捨て愛を知れば、毛は白く変わっていくわ。その時がきたら元の姿に戻してあげる」

 納得がいかないのか、二匹(両親)は激しく吠える。
 身体が変わったぐらいでは、すぐに心の変化は生まれないらしい。
 エマは二人に指をさした。

「二人とも、あまり煩いと鎖につないで外で暮らしてもらうわよ?」

 二匹(両親)は途端に吠える事を止めたが、今度は歯をむき出し唸り声を上げだした。
 見た目は可愛い犬だが、歯をむき出して唸る顔を見ているとだんだん犬の顔が両親の顔と重なって見えてきた。
 エイダンも少し怯えはじめてしまう。

 俺は二匹(両親)の前に膝をつき、優しく声を掛けた。

「父上、母上いくら犬の姿に変えられてしまったといえ、その態度は失礼です。エマは俺達の始祖となる方です。彼女がいなければ、今ここに俺達は存在すらしていないのですよ。
それに、父上と母上を動物に変える事は俺が決めた事です。魔法をかけてくれたエマに唸り声をあげるのは止めて下さい」

 二匹(両親)は同時に俺の顔を見た。

 茶色のつぶらな目が見開かれている。
 ――これが、人の時であれば不快にしか思えないのだろうが、子犬の姿では可愛いだけだった。

「俺は二人に変わって欲しかった。人は『力』だけじゃない、地位や名声や金だけが全てじゃないと分かって欲しい。心を、愛し愛される事を知って欲しいと思ったんです」

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