まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 アーソイル公爵は無言のまま私達の下へ近づくと、腕を伸ばせば届きそうな距離で立ち止まった。

 長身の公爵は、土の加護を持つ者の証である深紅の目で私を見下ろす。

(まさか家を出た後に、この人の顔をこんなに近くで見る事になるなんて……)

 父親であるアーソイル公爵の姿を、私は近くで見る事はなかった。
 私のこの淡紅色の瞳を、彼らは嫌っていた。彼らの前では極力顔を上げてはならない、瞳を見せてはならないと言われていた。
 だから、目を覆い隠すように髪を伸ばし、公爵邸では、常に俯いた姿勢をとるようにしていた。

 私の顔、瞳の色は、公爵にとって不快でしかないのだろう。
 目の前のその人は、眉間に皺を寄せ唇を噛みしめている。
(そんな顔をしていなければ鼻筋の通った秀麗な紳士なのに……)

 全て後ろに撫でつけられた淡い金色の髪、身に纏う漆黒の衣装、その襟元には瞳の色と似た血のように赤いルビーが飾られている。
 袖口から覗く骨ばった指には、財を成す土の加護持ちを象徴するような大きな黒い宝石が、いくつもはめられている。

(この人が私の父親? こうして見ても、私とはどこも似ていない気がする……)

 心の奥でそんな事を考えながら、私は目を逸らす事なく見つめ返していた。
 その態度に、アーソイル公爵は意外だったのか驚いたように少し目を見開いて呟いた。

「土の加護の力が現れているようだな」
「……」
 公爵は深紅の瞳を細めて見せる。

 けれども私は何も答えなかった。何といえばいいのか分からない。

 だって、最初に口にする言葉がそれ……?
 呆れて声が出ない。

 聞きたかった事は私の現状でもなく、これまでの仕打ちを謝る事でもなかった。

 ただ、この言葉でハッキリした。ギルの考えは間違っていなかったという事。

 アーソイル公爵は私に力が現れたと気づいている。
 それを知ったうえでわざわざ偽りの手紙を作り、攫うようにここへ連れて来たのだ。

 でも、分からない。私に加護の力が現れた事を知るのはエマとギルとジェイドだけ。他には誰にも話していないし、力が現れてから会ったのはレイズ夫妻だけ……。
 けれどそこで私は力を使ったことなどない。
 ギルは、彼らは勘が鋭いから気づいたのだと言ったけれど……。

 公爵は? どうやって力の事を知ったのだろう?

 私に言った言葉は現れた力の事は分かっていると言わんばかりだったけれど、確信はないのかも知れない。

「……なぜそんな事を言われるのですか? 私には力など……」

 公爵の前で力を使った訳ではない。
 聞かれたからと教える必要はない……。
 そう考えて、私はしらを切る事にしたのだが、その態度に公爵は不快に顔を歪ませた。

「この私が、アーソイルの加護の力に気づけないと思っているのか?」

 声を低くしたアーソイル公爵は、何もかも知っていると私に力が現れた事に気づいた経緯を話し始めた。
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