まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 すべてを話し終えた公爵は間違いはないはずだと私を見入る。
 部屋に差し込む陽光が公爵の目に映り深紅の瞳を輝かせた。

「では、王弟であられるサムス公爵様の名前を使って私をここへ連れて来た理由は、力が現れたからという事ですか?」
「ああ、そうだ」
「なぜ?」

「お前に現れた加護の力はアーソイルのもの。お前はこれまで何一つ役立つことはなかったのだ。力が現れたのなら、我が公爵家の為に使わなければならない」
「公爵家の為に使う……? これまで虐げておいて、結婚を期にアーソイルとは縁を絶たれている私に……今更……おかしいわ。
それにアーソイル公爵家の女性は、力を持っていようと結婚し家を出る事は許されているでしょう?」

 怯えながらも目を逸らさず言葉を返した私を、公爵の深紅の双眸は興味深げに見つめている。

「お前は別だ。それに、落ちぶれたレイズ侯爵ごときにアーソイルの者を渡すことは出来ない」
「落ちぶれただなんて……そんな言い方……」

「事実、お前はアーソイルの人間。現れた力は土の加護の力。その力はアーソイルの為に使わなければならない。お前はこの家に生まれながら、これまで何一つ役立ってはいないのだから」

 アーソイルの為? この家の為に?

 瞳の色や力のないことで虐げられてきたというのに、力が現れた途端、私は何かをしなくてはならないの?

「……これまで……私の事を、ずっと虐げておいて、縁も切っておきながら、加護の力が現れたからこの家の為になれなんて……。そんな都合のいい話は受け入れられません」

 両手を前に組み、震えを押さえながら言葉を述べる私を、公爵は顔色一つ変えず真っ直ぐに見つめ返す。

「都合がいい? お前がこの家に帰った方が都合がいいのはレイズ侯爵の方ではないか?」
「どういうことですか?」
「奴らは力を持ったお前を返してほしくば金を寄越せと言ったのだ」
「お金を?」
「私がそれを受け入れると、彼等はすぐに了承したぞ?」
「レイズ侯爵に私を返せと言ったのですか?」

 それでは私は人ではなく、物の様……。
 レイズ侯爵夫妻が私の力に気づいていた事はさっきギルに聞いて知っていた。けれど、お金と引き換えに私をアーソイル公爵へ返す事を決めていたとは。

 この事をジェイドが知ってしまったら、すごく怒りそう……。今度こそ縁を切ると言いかねない……。

 ……いや、彼は既に知っているのかも。

 だから今、レイズ侯爵の下へ行っているのだとしたら……。

 鋭い目で私を見ていたアーソイル公爵は、フッと口角を上げた。

「知っていたか? レイズ侯爵は未だに魔力を取り戻さんと考えている。お前をこちらへ寄越した暁には、あの男とアクアトスの娘とを婚姻させ子を持たせるつもりだと話していた」
「……魔力を取り戻す? ジェイドとクリスタ様との間に子を持たせる?」

 義両親は、今もまだクリスタ様とジェイドを一緒にしようと考えているというの?

 ……私は。
 ジェイドの妻として、レイズ侯爵家の嫁として、今度こそ認めてもらえたと思っていたのに。

 義両親にとって私は……お金より価値のない存在でしかないの?

 困惑している私の顔を見て、公爵は上手くいったとばかりに目を開いた。

「だが、いくらレイズ侯爵がそう話しても、お前の夫であるジェイド・レイズは金をもらったからと離縁を簡単に受け入れることはないだろう。あれは……厄介な奴だからな」
「厄介って?……ジェイドが?」

 彼の事をそんな風に言うなんて。

 ジェイドは優しい人だ。時に熱い一面を見せる事はあっても、厄介と言われるような人ではない。

 驚き見る私に、何かを思い出したようにアーソイル公爵は一笑した。

「あの男は偶然お前を見つけ、交際をさせて欲しいと申し出てきた。私はあの男にお前をアーソイルの者だと知られなければかまわない、好きにしろと言った。ただし、お前と会う為にここを訪れるのなら、侯爵家の子息としての待遇は出来ないと告げたのだ」
「どうして……」

 見栄ばかりの公爵が、加護も持たず瞳の色も違う私をアーソイル公爵家の所縁のものと知られたくないというのは分かる。けれど、ジェイドにそんな事を言うなんて……。

「普通なら、それならばいいと引き下がるだろう。貴族の子息が使用人と同じ扱いを受けるのだ。だが、奴には自尊心はないのだろう、それでもいいどんな扱いを受けても構わないと言い切り、お前に会いに来ていたのだ」
 話していた公爵はハッと目を見開いた。

「まさか……奴は魔力持ちのレイズ侯爵の子息。あの時既にお前には力があり、それが近く目覚める事に気づいていたのか?
――いや、分かるはずない。レイズ侯爵はすでに何代も続け魔力を持たない。我々ですら分からなかった事を奴が感じるなどあり得ない」

 公爵は、にわかに口元をほころばせる。

「まぁ、どちらにせよ金を渡すからお前を返せと言ったところで、あの男がすんなりと受け入れるはずはない。だから私は計画を立てた」 

 公爵は、私が自ら家を出て公爵邸に帰ったのなら、彼は何も言えないと考えた。
 ジェイドの誕生日が近い事を知っていた為、彼の友人であるサムス公爵の名を使い誘い出すことを決めた。サムス公爵の頼みであれば私が断ることはない。だが、万が一を考えてレイズ侯爵に声を届ける箱を運ばせた。そうして、私が必ず自ら足を運ぶように仕向けさせた。

「それでは……」

「計画は上手くいき、お前はここへ戻ってきたのだ」
 アーソイル公爵は目を細め、私を見下ろしている。

「戻ってきたわけじゃない。……私は彼の下に帰ります」

 攫って来ておいて、戻ってきたというなんて、あまりにも身勝手な言葉。

「帰る? お前はもう二度とあの家に帰る必要はない」
「なぜ……」
「これからお前は、この邸に暮らす。姉たちはすでに結婚をし、この邸にはいないが、お前の兄は邸に家族と暮らしている。やっと家族と共に暮らせるな、さぞかし嬉しいだろう?」

 アーソイル公爵は当然のごとく『嬉しいだろう』と言い切った。
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