まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 その話は全く知らなかったのだろう。公爵の顔色がさっと変わる。
 深紅の目を切なげに歪ませ「……ロゼリアが?」と、震える声を吐き出した。

「はい」マイアはアーソイル公爵の目を見つめながら話し始めた。

「ロゼリア様は次に生まれる子供には、旦那様との思い出のある名をつけたいと言われていたのです。男児であれば『ローレン』と女児であれば『ローラ』と、月桂樹にちなんだ名をつけたいと話されていました」

「思い出のある名前だと?……月桂樹にちなんだ?」

 アーソイル公爵は覚えていないのか首を捻る。

「覚えていらっしゃいませんか? ロゼリア様がこの家に来られた最初の日、公爵様は庭にあった月桂樹で冠を作られ『この木は自分が一番好きな木だ、栄光と栄誉、そして変わらぬ思いという意味がある』と話されたと」
「……」
「あなたを生涯変わる事なく愛すると告げ、冠を授けて下さったのだと……奥様はとても幸せそうに私たち侍女に、お話しくださいました」
「…………」

 公爵は表情を変えずに、マイアの話を聞いていた。

「ですが、公爵様はすっかり変わられてしまったと嘆いてもおられました」

「私が変わった?」

「はい。公爵様は先代様そっくりに変わられてしまったと。奥様は財を成す力のせいで仕方がない事だと諦めながらも、この名前を付けたいと言えば、あの頃を思い出し、以前のような優しい公爵様に戻られるかもしれないと話されて……」

 ぐっと拳を握ったアーソイル公爵は「……くだらん」と吐き捨てるように言うと床に目を落とした。

 それを見ていたエマは、ダンッ! と足を鳴らし公爵の視線を自分に向けさせた。

 エマの新緑の瞳は鋭くアーソイル公爵を見据えている。

「くだらない? くだらないのはあなたよ、アーソイル公爵!」

 公爵は怯むことなくエマを見つめ返す。

「私のどこがくだらないと?」
「あなたは愛する人が命がけで産んだ子を、何の罪もない子を手放したわ」

 その声に公爵は視線を私に移し、顔を歪ませると声を絞り出した。

「……それはロゼリアの命を奪った」

「呆れた。あなた、本当にそんな事を思っているの? 泣く事しか出来ない赤子が、人を、母親を殺したとでも?」
「……」

 アーソイル公爵は目を顰め、口をつぐむ。
 お母様に先立たれた後も後妻を娶る事なく独り身を通しているアーソイル公爵。
 公爵は今もまだ、お母様を愛している。
 愛しているからこそ……。

 最愛の人の命を奪った私を……愛する事は出来なかったのだ。

「……哀れね。亡くなられた奥様は、あなた達がローラを大切に育ててくれる事を願っていたでしょう。それに、愛情をかけ育てていればローラの加護の力はすぐに現れたはずよ」

 その言葉に、公爵はスッと表情を失くした。

「愛情をかければすぐに現れた? 魔女よ、それは結果論に過ぎない。そもそも、その娘の瞳の色は違う。それに現れた力も生まれ変わらせる力と聞いた。生み出すことは出来ぬ、我々より劣る力だとレイズ侯爵は話していたが?」

 公爵は虐げるような視線を私へと向ける。
 エマは首を横に振ると、教えるしかないようねと呟いた。

「あなた分からないの? ローラの力はこれまでの土の加護の力とは比べようがない力よ」
「比べようがない力?」

 言っている言葉の意味が分からない、と公爵は首を捻る。
 それは仕方のない事。これまで、加護持ちと呼ばれる者達の仕える力は強弱はあれずっと変わらぬものだったのだ。

「ローラの力は、生まれ変わらせる、蘇らせる力。まだすべては分からないけれど、これまでの精霊の加護の力とは異なるもの。願う事で叶えられる力よ。その力で私にすら解けない封印を解き、ジェイドの魔力も蘇らせた」

 話を聞いたアーソイル公爵はパッと目を輝かせた。
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