まだあなたを愛してる〜離縁を望まれ家を出たはずなのに追いかけてきた夫がめちゃめちゃ溺愛してきます〜
 ――まさか……その為に?
 自分の自尊心を満たす為に力が欲しかったの?

「真の支配者って……あなたはその為に操る力を欲しいと言ったの? これまでだって十分な力を持っていたのに?」

 公爵は驚嘆し見上げる私を、光を宿した深紅の目で見据える。

「加護なしだったお前には分からぬ事だろう。争いに加担し功績を上げる事の出来る三公爵は、常に我がアーソイルを見下していた。財を成すばかりの加護など無能も同じと笑っていたのだ。
そこの小娘も同じ。本来の我々の加護の力がどれだけ強大か知りもせず、こんな事もできぬのかと失笑しながら蝋印を作ったのだ」

 アーソイル公爵は苦々しい顔をし、憔悴しているクリスタ様を見据える。

 加護の力を失い騎士達に捕らえられているクリスタ様は公爵の言葉は聞こえていないかのように虚ろな目をして足元を見ていた。
 自信に満ち毅然としていた人が、力を失くした途端こうも変わってしまうなんて。
 ずっと加護なしだった私にはまだ『力』の存在の大きさが分からない。
 ただ、大切だったものを失くす痛みはとてもよく分かる。
 私は失う事が多かったから……。

 何も言い返す事のないクリスタ様を見下ろす公爵の目は愉悦に満ちていた。

「何も言えぬか、そうだろうな。お前は力を失ったのだから。強力な力を持つ者の前には平伏すしかない」

 その言い方は、すでに自分が頂に立っているかのようだった。
 エマは呆れたと首を横に振る。

「力を持っているからと、すべての人があなたに平伏すなんて事はないわ。人の心はそれ程簡単ではないのよ」

 諭すように聞かせたエマの言葉は、自惚れてしまっている公爵に伝わることはなかった。

「言葉の意味をわからぬお前達には、直々に教えてやろう」
 アーソイル公爵はスッと両腕を掲げる。

「土の精霊よ、力を現せ!」

 アーソイル公爵の体は赤い光に包まれ宙に浮いた。
 掲げた手のひらから赤い光が漏れ出し、それは液体のようにボトボトと落ち、床に浸み込んだ。

「さぁ、精霊よ動け! 力を見せるのだ!」

 公爵が命令を下すと、ドンッという大きな音が窓の外から聞こえた。
 音のした先に視線を向けた私はハッと息を呑む。
 同じように外に目を移していたジェイドも、それを見た誰もが声を出す事が出来なかった。

 そこに見えたのは、庭園の大木をゆっくりと呑み込んでいる穴。その縁を赤い光がぐるぐると走っている。

 暫くすると、大木は穴の中に消え去った。その様子にアーソイル公爵は高笑いをする。

「そうか! 土の加護の力はすべてを吞み込むとはこういう事だったのだ! 大地の口を開き地上の物を消し去る。それこそが大地を揺るがす力という事……なるほど、これなら一国を消し去る事もたやすい!」

 大地に穴をあけ地上の物を消し去る……。今、庭園に開いた穴は私達に力を見せつける為に開かれたもので大きくはない。
 けれどもし、もっと大きな穴なら……穴の大きさを自在に操れたら?

 この広大なアーソイル公爵の敷地も、王都も国ごと呑み込むほどの大きさを瞬時に現わせるのなら……。

 穴を凝視していたエマは顔を曇らせ「近くで見て来るわ」と言うと、マイアを連れ宙に浮き窓の外に出た。
 真上から穴の様子を見たエマは、私達に顔を向け首を横に振る。
 それを見たギルが深いため息を吐いた。

「どうやら最悪の事態になりそうだ。ジェイド、彼らはサムス公爵の下へ送ればいいかな?」

 ジェイドに尋ねながらギルは魔法で光る縄を作り、それを護衛騎士達とクリスタ様にかけた。

「はい、マックスにはすべて話してあります。サムス公爵邸に送っていただければ、後は彼が処分を下してくれるはずです」
「分かった。じゃあ、そこに送ろう」
 ギルはスッと杖を横に流し、彼らを転移させた。

「さぁ、二人もここを離れるんだ」

 そう言うとギルはエマの隣に転移した。
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