アンダー・アンダーグラウンド
5
第二の被害者、青井優子(あおいゆうこ)の現場にはまだうっすらとチョークの跡が残っていた。
学校の物とは違って消えにくい物なのだろうか。別に、どうでも良い事だけど、消えかかったその跡が僕にはまるで子供のイタズラ書きのように見えてしまい、何ともこの事件の浅はかさを表している気がして、胸の内で失笑してしまった。
「うーん。ここも何だかイマイチだなぁ。なーんか思ったより小さい神社だねー」
月ノ瀬は手に提げた鞄を揺らしながら、御利益もまるで欲しがっていない投げ方でいくらかの小銭を賽銭箱に投げた。カラカラと乾いた音がして、彼女は手も合わせずにクルリと僕に向き直った。
「この優子ちゃんはさ。四肢がバラバラだったんだよね?」
「そうだよ。手足は全て近くの山でバラバラに捨てられていた」
それぞれ捨てられた場所に理由はないだろう。等間隔でもなく、何の意味も無く適当に距離を取ってランダムに捨てられていたと思われる。とまでは言わないでおいた。
「んで、首はここに。と」
参道に立つ月ノ瀬は肩幅に開いた足の間を指差す。僕は頷いた。
「猟奇的?」
小首を傾げる月ノ瀬の真似をして、僕も「さぁ?」と首を傾げた。
やっぱり月ノ瀬は感覚で気付き始めている。五件の殺人の意味がどこかで決定的に変わっている事に。
「なーんか怪しいなー。実はもう分かってるんじゃないのー? 色々」
「ううん。そんな事ないよ」
「嘘。絶対嘘。だってそんな筈ないもん」
「どうしてそう言いきれるのさ」
そう言うと、月ノ瀬はニッコリと笑って人差し指を立てた。
「教えてくれたら教えてあげる!」
屈託の無い笑顔。その目に見つめられると僕は弱い。だが、ここで話して予定が狂うのはこっちとしても困る。
僕は少しの間考えて、やっぱり少しだけ教える事にした。もちろん確信には触れさせないようにして。とりあえず、月ノ瀬を少し満足させておかないとまずい。そうしておかないと僕はその内、月ノ瀬の攻めに耐えかねて全てを話してしまいかねない。
「はぁ……わかったよ。大した事じゃないけど」
「はいやっぱりー! そうだと思った!」
月ノ瀬は嬉々とした顔で拍手を送ってきた。風が凪いで木々の音が消え去ると、その音が何だか少しだけ手招きのように感じた。
「じゃあ言うよ? 今日現場を回ったこの一人目と二人目は女子高生って事以外にほとんど共通点が無いんだ」
「うんうん。でもそれテレビでも言ってるじゃん。面識も無いって」
「そう。きっとそこが狙いなんだ」
月ノ瀬は僕の含みを持たせた言い方に少し訝しげな表情をして腕を組んだ。
「うーん。ん? んー……」
斜め上に視線を投げながら月ノ瀬は唸った。どうやら色々と考えを働かせているみたいだ。きっと簡単に答えを聞くのが悔しいのだろう。良い調子だ。
「後は宿題にでもしなよ。もう暗くなる」
「えー? まぁいいけどさ。きっと全くタイプが違う事とか、五人ともそうな所も関係あるんだよね?」
「……うん。まぁそうだね」
「んじゃきっと、一人目の体が見つからない事も関係あるんだよね?」
「さぁ。どうだろうね」
全く、どこまで勘が良いんだ。もう、これ以上ヒントを与えるのは良くない。このままだと思った以上に早く答えが出てしまいかねない。
「さ、行こう」
踵を返して眼前を下りて行く階段の方へ促すと、月ノ瀬は返事もせずに歩き出した。
階段を下りている途中、見下ろした道路の先に人影が一瞬、見えたけど、月ノ瀬はまるで気付かないまま階段を下り続けていた。
階段を下りきって道路に出るが、さっきの人影はもうどこにも見当たらなかった。気配だけは何となく感じられたけど、きっと気付いていなければわからない。今の月ノ瀬はそれよりも僕の言った謎の方に集中してしまっている。
――――もしかしたら、これで良かったのかも知れない。
学校の物とは違って消えにくい物なのだろうか。別に、どうでも良い事だけど、消えかかったその跡が僕にはまるで子供のイタズラ書きのように見えてしまい、何ともこの事件の浅はかさを表している気がして、胸の内で失笑してしまった。
「うーん。ここも何だかイマイチだなぁ。なーんか思ったより小さい神社だねー」
月ノ瀬は手に提げた鞄を揺らしながら、御利益もまるで欲しがっていない投げ方でいくらかの小銭を賽銭箱に投げた。カラカラと乾いた音がして、彼女は手も合わせずにクルリと僕に向き直った。
「この優子ちゃんはさ。四肢がバラバラだったんだよね?」
「そうだよ。手足は全て近くの山でバラバラに捨てられていた」
それぞれ捨てられた場所に理由はないだろう。等間隔でもなく、何の意味も無く適当に距離を取ってランダムに捨てられていたと思われる。とまでは言わないでおいた。
「んで、首はここに。と」
参道に立つ月ノ瀬は肩幅に開いた足の間を指差す。僕は頷いた。
「猟奇的?」
小首を傾げる月ノ瀬の真似をして、僕も「さぁ?」と首を傾げた。
やっぱり月ノ瀬は感覚で気付き始めている。五件の殺人の意味がどこかで決定的に変わっている事に。
「なーんか怪しいなー。実はもう分かってるんじゃないのー? 色々」
「ううん。そんな事ないよ」
「嘘。絶対嘘。だってそんな筈ないもん」
「どうしてそう言いきれるのさ」
そう言うと、月ノ瀬はニッコリと笑って人差し指を立てた。
「教えてくれたら教えてあげる!」
屈託の無い笑顔。その目に見つめられると僕は弱い。だが、ここで話して予定が狂うのはこっちとしても困る。
僕は少しの間考えて、やっぱり少しだけ教える事にした。もちろん確信には触れさせないようにして。とりあえず、月ノ瀬を少し満足させておかないとまずい。そうしておかないと僕はその内、月ノ瀬の攻めに耐えかねて全てを話してしまいかねない。
「はぁ……わかったよ。大した事じゃないけど」
「はいやっぱりー! そうだと思った!」
月ノ瀬は嬉々とした顔で拍手を送ってきた。風が凪いで木々の音が消え去ると、その音が何だか少しだけ手招きのように感じた。
「じゃあ言うよ? 今日現場を回ったこの一人目と二人目は女子高生って事以外にほとんど共通点が無いんだ」
「うんうん。でもそれテレビでも言ってるじゃん。面識も無いって」
「そう。きっとそこが狙いなんだ」
月ノ瀬は僕の含みを持たせた言い方に少し訝しげな表情をして腕を組んだ。
「うーん。ん? んー……」
斜め上に視線を投げながら月ノ瀬は唸った。どうやら色々と考えを働かせているみたいだ。きっと簡単に答えを聞くのが悔しいのだろう。良い調子だ。
「後は宿題にでもしなよ。もう暗くなる」
「えー? まぁいいけどさ。きっと全くタイプが違う事とか、五人ともそうな所も関係あるんだよね?」
「……うん。まぁそうだね」
「んじゃきっと、一人目の体が見つからない事も関係あるんだよね?」
「さぁ。どうだろうね」
全く、どこまで勘が良いんだ。もう、これ以上ヒントを与えるのは良くない。このままだと思った以上に早く答えが出てしまいかねない。
「さ、行こう」
踵を返して眼前を下りて行く階段の方へ促すと、月ノ瀬は返事もせずに歩き出した。
階段を下りている途中、見下ろした道路の先に人影が一瞬、見えたけど、月ノ瀬はまるで気付かないまま階段を下り続けていた。
階段を下りきって道路に出るが、さっきの人影はもうどこにも見当たらなかった。気配だけは何となく感じられたけど、きっと気付いていなければわからない。今の月ノ瀬はそれよりも僕の言った謎の方に集中してしまっている。
――――もしかしたら、これで良かったのかも知れない。