八月の蛍、あの夏の歌
14
どんどん良くなるみんなの合唱を聞いているうちに、どうやら僕は少し楽観的になっていたみたいだ。それは普通にピアノを弾けたせいもあるかも知れない。
僕は問題を軽く見ていた。女子達は合唱からではなく、灰坂が転校して来たときからずっと気にしていたのだ。不満はもっと前からあった。
僕は翌日の音楽の授業で、ようやくそれに気づく。
「灰坂さんさ。なんで歌わないの?」
演奏終わりに灰坂の隣に居た女子が、みんなに聞こえる様にわざと大きめの声で問いかけた。
「練習なんだからさ。間違っても良いじゃん。別に誰も文句言わないよ? でもそうやって口を閉じたまま黙っていられると練習すらする気ないの? ってイライラする」
灰坂が黙っているので、アルトパートのその女子は自分の思いをどんどんぶちまけた。でも、僕はそれを聞いて、やっぱり悪い人じゃないんだなって思った。その子の言っている事は間違っていないし、口調は荒めだけどそこには優しさがある気がした。
「みんなとなら、少し歌えない?」
逆隣のソプラノパートが灰坂に声をかける。気を使っているのがこっちにもヒシヒシと伝わってきた。
「無理しないでいいから、少しずつで良いからさ」
別の女子も声をかける。でも、灰坂は口を開かない。別の女子も声をかけたけど、それは変わらなかった。
そんな状況に業を煮やしたのか、とうとう男子が口を挟む。
「いいじゃん別に歌わなくても。最悪、本番は口パクでもしてくれりゃそれで問題ないでしょ」
彼なりのフォローだったんだろうけど、それで女子が納得する筈が無い。それで良いなら、そもそもこんな事になっていない。
「そういう問題じゃないでしょ!」
女子が声を荒げた。何だか、雰囲気がどんどん険悪になって来ている気がする。
「いや、だって歌が嫌いな奴に無理矢理歌わせるのも良くないだろ」
歌わない。それ、すなわち嫌い。と単純明快な答えを出す男子はあっけらかんと言い放つ。その態度に女子の怒りは更に刺激されたようで、足をバンと踏み鳴らした。
「なんでそうやって決めつけるのよ! 灰坂さんが歌嫌いっていつ言ったのよ?」
「はー? 見りゃわかんじゃん! 大体、お前らが次々に話しかけるから灰坂も口開く暇もなくて困ってんじゃん!」
「はぁ? 何それ! 灰坂さんが喋らないのはいつもの事だし! ……あっ!」
女子は自分の失言に気づき、自ら口を塞ぐ。
「はい。そこまで」
ここで先生がようやく騒動を止めに入った。ビックリしてピアノの前で見ている事しか出来なかった僕も大概だけど、先生はもう少し早いタイミングで止めるべきだったんじゃないだろうか。
先生が互いに全然納得言っていない女子と男子をなだめる中、灰坂は俯き加減で唇をギュッと結んでかすかに震えていた。涙を堪えているのだろうか。何を思っているのだろうか。それを知る術は、僕にはなかった。
「さ、練習再開しましょ」
先生は、僕に演奏の合図を送った。指示されるがまま、ピアノを弾き始める。
僕は色んな事を完全に見誤っていたのに気づいて、ひどく後悔していた。
大丈夫だと思っていた矢先に爆発だ。しかも何も解決しないままうやむやになっている。これは多分、いや、確実にまずい。だって、さっきの合唱がまるで嘘の様にみんなの歌が噛み合ず、チグハグになっている。リズムも音程も全部投げやりだ。やる気の無さが全面に出てしまって、聞くに堪えない。
……これ、もしかしたら歴代最低になってしまうんじゃないか?
僕は問題を軽く見ていた。女子達は合唱からではなく、灰坂が転校して来たときからずっと気にしていたのだ。不満はもっと前からあった。
僕は翌日の音楽の授業で、ようやくそれに気づく。
「灰坂さんさ。なんで歌わないの?」
演奏終わりに灰坂の隣に居た女子が、みんなに聞こえる様にわざと大きめの声で問いかけた。
「練習なんだからさ。間違っても良いじゃん。別に誰も文句言わないよ? でもそうやって口を閉じたまま黙っていられると練習すらする気ないの? ってイライラする」
灰坂が黙っているので、アルトパートのその女子は自分の思いをどんどんぶちまけた。でも、僕はそれを聞いて、やっぱり悪い人じゃないんだなって思った。その子の言っている事は間違っていないし、口調は荒めだけどそこには優しさがある気がした。
「みんなとなら、少し歌えない?」
逆隣のソプラノパートが灰坂に声をかける。気を使っているのがこっちにもヒシヒシと伝わってきた。
「無理しないでいいから、少しずつで良いからさ」
別の女子も声をかける。でも、灰坂は口を開かない。別の女子も声をかけたけど、それは変わらなかった。
そんな状況に業を煮やしたのか、とうとう男子が口を挟む。
「いいじゃん別に歌わなくても。最悪、本番は口パクでもしてくれりゃそれで問題ないでしょ」
彼なりのフォローだったんだろうけど、それで女子が納得する筈が無い。それで良いなら、そもそもこんな事になっていない。
「そういう問題じゃないでしょ!」
女子が声を荒げた。何だか、雰囲気がどんどん険悪になって来ている気がする。
「いや、だって歌が嫌いな奴に無理矢理歌わせるのも良くないだろ」
歌わない。それ、すなわち嫌い。と単純明快な答えを出す男子はあっけらかんと言い放つ。その態度に女子の怒りは更に刺激されたようで、足をバンと踏み鳴らした。
「なんでそうやって決めつけるのよ! 灰坂さんが歌嫌いっていつ言ったのよ?」
「はー? 見りゃわかんじゃん! 大体、お前らが次々に話しかけるから灰坂も口開く暇もなくて困ってんじゃん!」
「はぁ? 何それ! 灰坂さんが喋らないのはいつもの事だし! ……あっ!」
女子は自分の失言に気づき、自ら口を塞ぐ。
「はい。そこまで」
ここで先生がようやく騒動を止めに入った。ビックリしてピアノの前で見ている事しか出来なかった僕も大概だけど、先生はもう少し早いタイミングで止めるべきだったんじゃないだろうか。
先生が互いに全然納得言っていない女子と男子をなだめる中、灰坂は俯き加減で唇をギュッと結んでかすかに震えていた。涙を堪えているのだろうか。何を思っているのだろうか。それを知る術は、僕にはなかった。
「さ、練習再開しましょ」
先生は、僕に演奏の合図を送った。指示されるがまま、ピアノを弾き始める。
僕は色んな事を完全に見誤っていたのに気づいて、ひどく後悔していた。
大丈夫だと思っていた矢先に爆発だ。しかも何も解決しないままうやむやになっている。これは多分、いや、確実にまずい。だって、さっきの合唱がまるで嘘の様にみんなの歌が噛み合ず、チグハグになっている。リズムも音程も全部投げやりだ。やる気の無さが全面に出てしまって、聞くに堪えない。
……これ、もしかしたら歴代最低になってしまうんじゃないか?