虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私!?〜
12.カルノと対峙
ジルズ大臣の一人娘、カルノはクラウよりも二つ年上だった。
ツンとしたキツめの顔立ちだが、それがとてもクールに見える美人だ。
カルノは貴族の中でもクラウと年齢が近いことから、小さい頃から、いつかクラウと結婚するのはお前だと周囲にも言われていた。
「まぁ、クラウ様のお妃様に相応しいのは私くらいだものね」
父親であるジルズの権力とゴリ押しもあり、またその美貌も相まってカルノも当然、自分が王子妃になるのだと信じて疑わなかった。
だから、カルノとクラウの婚約の話が出た時も驚きもしなかったし、その心積もりはとうに出来ていた。
カルノは自負していたのだ。クラウに釣り合うのは美しい自分だと。
だからこそ、カルノは王子が他に結婚したい人を連れてくるなんて、微塵も思いもしなかった。いや、それ以前に婚約破棄を言い渡されるなんて考えもしなかったのだ。
「ミア様ですよね? 良かったら少しお話しませんか?」
ミアがカルノにそう声をかけられたのは、ミアが迎賓の塔の庭にいた時のことだった。
いつの間にか優雅な佇まいで、カルノが庭の入口に立っていた。塔を警備していた者はやや困惑気味にカルノの周囲を固めている。
「カルノ様⁉ どうしてこちらに⁉」
ハザンがサッと他の警備の者たちに視線を送ると、彼らは気まずそうに「話は通してあると言われたので……」と困惑していた。
カルノに対して無碍には出来ず、どうしたら良いかという様子だ。
「おかしいですね。本日は面会のご予定はないはずですが」
ハザンは警戒心をむき出しにしながら、サッとミアの前に立つ。
「あら、ハザン殿。お久しぶりですね。私、今日はお妃様主催のガーデンパーティーに呼ばれたのですよ? ミア様がいらっしゃらないので、面会予定はないけれどこちらまで足を運んでしまいましたわ」
話を通してあるとまで嘘をついて入ってきたカルノは、悪びれる様子もなく自身の侍女らと真っすぐにこちらへ向かってくる。
(この方がカルノ様……。クラウ様の元婚約者……)
ミアは思わずゴクッと唾を飲み込んだ。
ハザンの緊張がその背中から伝わったこともあるだろう。
カルノは赤いドレスを身にまとい、黒髪を綺麗に結い上げていた。赤い口紅がドレスに合っていて、綺麗な顔立ちがさらに映える。
そして目線がミアを捕らえると、その唇の口角を上げた。
「カルノ様、城内を好き勝手歩かれるのは感心致しませんね。あなたはもう、クラウ王子殿下のご婚約者様ではないのですから」
ハザンの言葉にカルノの眉がピクッと動く。しかし口元の笑みは浮かべたままだ。
「あら、それは失礼いたしました。クラウ様とは幼馴染であり、婚約していた身なので今までは城内の出入りは自由でしたの。この迎賓の館も何度も来たことがあったものですから、つい癖で」
嫌味を含んだねっとりとした話し方だ。カルノはハザンの後ろにいるミアに笑いかける。
「初めまして、ミア様。今日のガーデンパーティーでお会いできるかと楽しみにしていたんですよ。でも、もしかして……。ミア様は今日のパーティー誘われていなかったのかしら? だとしたら失礼致しました」
クスッと笑うカルノに、ハザンが首を振る。
「ミア様は今回出席を見送られたのです」
「まぁ! お妃様主催のパーティーを見送るだなんて、さすがはクラウ様のご婚約者様ですこと」
大げさに驚くとオホホと上品に笑った。そしてコクンと首をかしげる。
「本当は誘われていないんじゃないの?」
ニヤニヤしながら言うカルノにハザンも厳しい顔をした。
ミアは内心ため息をつく。この感じは久しぶりだ。
(あぁ、わかりやすいほどの敵意だわ。当然と言えば当然だけれども……)
こうした嫌味や敵意にはある程度慣れていたが、やはり気分の良いものではない。
(相手にしたくないけど、ずっと黙っているわけにはいかないものね)
ミアはハザンの腕にそっと触れて、軽く笑顔を作り頷く。そしてそのままの顔でカルノに向き合った。
「カルノ様。お初にお目にかかります、ミアと申します。本日はお妃様のパーティーにお声がけいただいていたのですが、朝から少し熱っぽく……。疲れが出てしまったようです。ご迷惑をおかけしてはいけないと、お妃様と相談して出席を見送らせていただきました」
ミアは「お妃様と」を少しだけ強調すると、カルノは面白くなさそうにムッとした表情を見せた。
「お妃様からお聞きにはなっていなかったようですね。今は気分転換に外の空気を吸っていたんですよ。お気遣いありがとうございました」
カルノの嫌味たらしい言葉の数々に勇気を出して含んだ言い方をしてみると、今度はあからさまに眉をひそめられてしまった。
(表情に出すなんて、なんて素直な方なの)
いつもサラサで慣れていたので、カルノの言い方には耐性がある。
だが、こうして嫌味に嫌味で返したのは初めてだから心臓がドキドキとうるさかった。
もちろん、そんな様子は顔には出さないが。
それに熱っぽかったのは本当だ。さっきまでずっと横になっていたが、だいぶ楽になったから気分転換に庭に出ていた所だ。
午前中はクラウの見舞いもあった。毎日、勉強や式の準備に追われており、且つ新しい環境に疲れが出たのだろうと、連れてきた王宮医師に言われたのだ。
もちろん、王妃もその場に同席していた。
王妃から「パーティーはいつでもできるのだから、今日は寝てなさい」と言われたのだ。
楽しみにしていた分、落胆は大きかったが自業自得なので素直に従った。
カルノは王妃からそのことを聞いていなかったのだろう。
ここぞとばかりに嫌味を言いに来たに違いない。
(なんだかお姉様を見ているようだわ……。でも、嫌味のひとつも言いたくなるわよね。だって、かつてはカルノ様がクラウ様の婚約者だったんだもの……。それを私に奪われたようなものだから、面白くないのでしょうけれど……)
ミアは内心ため息をついた。
だからといって、その立場を易々と引き渡すわけにはいかない。ミアだって、嫌味で返すほど守りたいものはある。
するとカルノは引きつった笑みを浮かべた。
「そうですか。ご体調が……。ご無理なさらないでくださいね。では失礼」
フンッとでも言うように勢いよく踵を返すと、そのままそそくさと庭から去って行った。
カルノの姿が見えなくなると、ハザンが振り返る。
「ミア様、大丈夫ですか? 申し訳ありませんでした。警備の者には簡単に人を通すなと良く言い聞かせておきます」
「大丈夫です。ああいうのは慣れてますから」
どちらかと言うと、自分が強気に嫌味で言い返したことに慣れていない。
よく頑張ったと思う。
「そうですか。その、何と言うか……、カルノ様は元々少々きつい所がおありですから、お気になさらないでくださいね」
気遣うハザンに笑顔を返す。ミアを心配してくれた気持ちが嬉しい。ハザンは優しい人だ。
「急に私が現れたんですもの。気に入らなくて当然です」
「カルノ様はクラウ様のご婚約者として鼻高々でしたから悔しいのだと思います。幼馴染として婚約者として、王宮に我が物顔で何度も出入りもしていましたし。隙を見て、またこうしてこちらまで来るかもしれません。何があるかもわからないので、ミア様もお気を付けください」
「そうですね……」
ハザンはカルノをよく思わないのだろう。不快感を滲ませた、はっきりとした物言いをしている。
(カルノ様……か)
クラウの様子やハザンの様子から、カルノとジルズ親子には注意が必要だと感じた。
そんな時だった。
「郊外に公務ですか?」
「あぁ、だから数日城を開けなければならない」
明日から、クラウが数日王宮を離れて郊外へ視察に行くことになったのだという。こうした公務は定期的にあるようで、それは王子としての職務なので行かないわけにはいかなかった。
(つまり、しばらくはこうして会えないってことね)
クラウがこうしてミアの部屋に来るのもしばらくはお預けである。
クラウの大きな手が心配そうに頬に触れる。
「俺がいない間、十分に気をつけろよ」
「大丈夫です。警備も手厚くなったと聞きますし……」
カルノが迎賓の塔まで来たことを、ハザンが早速クラウに報告していた。それを聞いたクラウは警備を手厚く、しっかりとしたものにしていたのだ。
以前、クラウの言っていた反対派のことは気がかりだが、何よりこうして会えない事の方が胸が痛い。
「数日もお顔が見れないのですね……」
「ミア……」
寂しい気持ちがつい言葉にして出てしまった。ハッとして慌てて首を振る。
(仕事で行くのに、こんな暗い顔をしてはいけないわ。心配がないようにしなければいけないのに……。しっかりしなくちゃ)
と思い直す。
「すみません。私のことは大丈夫ですからご心配なく。どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」
パッと笑顔を作ると、クラウはミアの髪を優しく撫でた。
「あぁ、ミア。すぐに帰ってくるから……」
低く甘い声が胸に響く。
そんな声で囁かれたら、甘えたくなってしまうではないか。
クラウはミアの唇に親指でそっと触れた。色気のある仕草に、顔が赤くなるのを感じる。一気に雰囲気が甘くとろけそうなものへと変わった。
クラウの顔がゆっくり近づき、その距離の近さにドキドキする。鼻先がかすかに触れ合う。その目に熱がこもっているのは一目瞭然だった。
クラウが何をしようとしているのか、経験のないミアでもわかってしまう。
「お、怒られませんか?」
「ん? まぁ、別にキスくらい良いんじゃないか? 数日離れるんだ、これくらいは許されるだろう?」
色気たっぷりに微笑まれ、ミアはさらに赤面した。はっきりと言葉にされ、さらに男としての色気を醸し出すクラウに心臓が飛び出そうだ。
(クラウ様の甘さに溶けてしまいそう……)
二人きりの部屋。あと数センチのところでクラウの顔が止まる。チラッとミアを伺う目線を送られるが、ミアの拒否がないとわかると一気に進めた。
唇が触れ合った瞬間、体に電流が走ったかのように甘いしびれが駆け巡る。
「甘い……。もう少しだけ……」
触れるだけのキスが一瞬離れる。しかし、クラウは熱っぽく囁くと再びミアに口付けをした。今度はさっきよりも深く濃厚に……。
「んっ……あ……」
キスの合間に自然と声が漏れる。
合わせるだけの口付けがより深く合わさり、空気を求めて薄く開かれたミアの口の隙間から、するりとクラウの舌が侵入する。
(あ、だめ……)
口内を蹂躙する舌は、ミアの舌をからめとり甘く刺激した。
自然と漏れる甘い声と刺激にミアはさらにクラクラする。ミアの体がカクンと力が抜けると、クラウはやっと唇を離した。
「あぁ、これ以上は止まらなくなるな……」
掠れた低い声にミアの背中がゾクッと泡立つ。体の奥がしびれるようだ。
切なそうな瞳のクラウにきつく抱きしめられた。真っ赤な顔のミアもその体に腕をそっと回して抱きしめ返す。
クラウの心臓がドキドキしているのが分かる。
このままお互いの体が溶け合ってしまえばいいのにと思った。
ツンとしたキツめの顔立ちだが、それがとてもクールに見える美人だ。
カルノは貴族の中でもクラウと年齢が近いことから、小さい頃から、いつかクラウと結婚するのはお前だと周囲にも言われていた。
「まぁ、クラウ様のお妃様に相応しいのは私くらいだものね」
父親であるジルズの権力とゴリ押しもあり、またその美貌も相まってカルノも当然、自分が王子妃になるのだと信じて疑わなかった。
だから、カルノとクラウの婚約の話が出た時も驚きもしなかったし、その心積もりはとうに出来ていた。
カルノは自負していたのだ。クラウに釣り合うのは美しい自分だと。
だからこそ、カルノは王子が他に結婚したい人を連れてくるなんて、微塵も思いもしなかった。いや、それ以前に婚約破棄を言い渡されるなんて考えもしなかったのだ。
「ミア様ですよね? 良かったら少しお話しませんか?」
ミアがカルノにそう声をかけられたのは、ミアが迎賓の塔の庭にいた時のことだった。
いつの間にか優雅な佇まいで、カルノが庭の入口に立っていた。塔を警備していた者はやや困惑気味にカルノの周囲を固めている。
「カルノ様⁉ どうしてこちらに⁉」
ハザンがサッと他の警備の者たちに視線を送ると、彼らは気まずそうに「話は通してあると言われたので……」と困惑していた。
カルノに対して無碍には出来ず、どうしたら良いかという様子だ。
「おかしいですね。本日は面会のご予定はないはずですが」
ハザンは警戒心をむき出しにしながら、サッとミアの前に立つ。
「あら、ハザン殿。お久しぶりですね。私、今日はお妃様主催のガーデンパーティーに呼ばれたのですよ? ミア様がいらっしゃらないので、面会予定はないけれどこちらまで足を運んでしまいましたわ」
話を通してあるとまで嘘をついて入ってきたカルノは、悪びれる様子もなく自身の侍女らと真っすぐにこちらへ向かってくる。
(この方がカルノ様……。クラウ様の元婚約者……)
ミアは思わずゴクッと唾を飲み込んだ。
ハザンの緊張がその背中から伝わったこともあるだろう。
カルノは赤いドレスを身にまとい、黒髪を綺麗に結い上げていた。赤い口紅がドレスに合っていて、綺麗な顔立ちがさらに映える。
そして目線がミアを捕らえると、その唇の口角を上げた。
「カルノ様、城内を好き勝手歩かれるのは感心致しませんね。あなたはもう、クラウ王子殿下のご婚約者様ではないのですから」
ハザンの言葉にカルノの眉がピクッと動く。しかし口元の笑みは浮かべたままだ。
「あら、それは失礼いたしました。クラウ様とは幼馴染であり、婚約していた身なので今までは城内の出入りは自由でしたの。この迎賓の館も何度も来たことがあったものですから、つい癖で」
嫌味を含んだねっとりとした話し方だ。カルノはハザンの後ろにいるミアに笑いかける。
「初めまして、ミア様。今日のガーデンパーティーでお会いできるかと楽しみにしていたんですよ。でも、もしかして……。ミア様は今日のパーティー誘われていなかったのかしら? だとしたら失礼致しました」
クスッと笑うカルノに、ハザンが首を振る。
「ミア様は今回出席を見送られたのです」
「まぁ! お妃様主催のパーティーを見送るだなんて、さすがはクラウ様のご婚約者様ですこと」
大げさに驚くとオホホと上品に笑った。そしてコクンと首をかしげる。
「本当は誘われていないんじゃないの?」
ニヤニヤしながら言うカルノにハザンも厳しい顔をした。
ミアは内心ため息をつく。この感じは久しぶりだ。
(あぁ、わかりやすいほどの敵意だわ。当然と言えば当然だけれども……)
こうした嫌味や敵意にはある程度慣れていたが、やはり気分の良いものではない。
(相手にしたくないけど、ずっと黙っているわけにはいかないものね)
ミアはハザンの腕にそっと触れて、軽く笑顔を作り頷く。そしてそのままの顔でカルノに向き合った。
「カルノ様。お初にお目にかかります、ミアと申します。本日はお妃様のパーティーにお声がけいただいていたのですが、朝から少し熱っぽく……。疲れが出てしまったようです。ご迷惑をおかけしてはいけないと、お妃様と相談して出席を見送らせていただきました」
ミアは「お妃様と」を少しだけ強調すると、カルノは面白くなさそうにムッとした表情を見せた。
「お妃様からお聞きにはなっていなかったようですね。今は気分転換に外の空気を吸っていたんですよ。お気遣いありがとうございました」
カルノの嫌味たらしい言葉の数々に勇気を出して含んだ言い方をしてみると、今度はあからさまに眉をひそめられてしまった。
(表情に出すなんて、なんて素直な方なの)
いつもサラサで慣れていたので、カルノの言い方には耐性がある。
だが、こうして嫌味に嫌味で返したのは初めてだから心臓がドキドキとうるさかった。
もちろん、そんな様子は顔には出さないが。
それに熱っぽかったのは本当だ。さっきまでずっと横になっていたが、だいぶ楽になったから気分転換に庭に出ていた所だ。
午前中はクラウの見舞いもあった。毎日、勉強や式の準備に追われており、且つ新しい環境に疲れが出たのだろうと、連れてきた王宮医師に言われたのだ。
もちろん、王妃もその場に同席していた。
王妃から「パーティーはいつでもできるのだから、今日は寝てなさい」と言われたのだ。
楽しみにしていた分、落胆は大きかったが自業自得なので素直に従った。
カルノは王妃からそのことを聞いていなかったのだろう。
ここぞとばかりに嫌味を言いに来たに違いない。
(なんだかお姉様を見ているようだわ……。でも、嫌味のひとつも言いたくなるわよね。だって、かつてはカルノ様がクラウ様の婚約者だったんだもの……。それを私に奪われたようなものだから、面白くないのでしょうけれど……)
ミアは内心ため息をついた。
だからといって、その立場を易々と引き渡すわけにはいかない。ミアだって、嫌味で返すほど守りたいものはある。
するとカルノは引きつった笑みを浮かべた。
「そうですか。ご体調が……。ご無理なさらないでくださいね。では失礼」
フンッとでも言うように勢いよく踵を返すと、そのままそそくさと庭から去って行った。
カルノの姿が見えなくなると、ハザンが振り返る。
「ミア様、大丈夫ですか? 申し訳ありませんでした。警備の者には簡単に人を通すなと良く言い聞かせておきます」
「大丈夫です。ああいうのは慣れてますから」
どちらかと言うと、自分が強気に嫌味で言い返したことに慣れていない。
よく頑張ったと思う。
「そうですか。その、何と言うか……、カルノ様は元々少々きつい所がおありですから、お気になさらないでくださいね」
気遣うハザンに笑顔を返す。ミアを心配してくれた気持ちが嬉しい。ハザンは優しい人だ。
「急に私が現れたんですもの。気に入らなくて当然です」
「カルノ様はクラウ様のご婚約者として鼻高々でしたから悔しいのだと思います。幼馴染として婚約者として、王宮に我が物顔で何度も出入りもしていましたし。隙を見て、またこうしてこちらまで来るかもしれません。何があるかもわからないので、ミア様もお気を付けください」
「そうですね……」
ハザンはカルノをよく思わないのだろう。不快感を滲ませた、はっきりとした物言いをしている。
(カルノ様……か)
クラウの様子やハザンの様子から、カルノとジルズ親子には注意が必要だと感じた。
そんな時だった。
「郊外に公務ですか?」
「あぁ、だから数日城を開けなければならない」
明日から、クラウが数日王宮を離れて郊外へ視察に行くことになったのだという。こうした公務は定期的にあるようで、それは王子としての職務なので行かないわけにはいかなかった。
(つまり、しばらくはこうして会えないってことね)
クラウがこうしてミアの部屋に来るのもしばらくはお預けである。
クラウの大きな手が心配そうに頬に触れる。
「俺がいない間、十分に気をつけろよ」
「大丈夫です。警備も手厚くなったと聞きますし……」
カルノが迎賓の塔まで来たことを、ハザンが早速クラウに報告していた。それを聞いたクラウは警備を手厚く、しっかりとしたものにしていたのだ。
以前、クラウの言っていた反対派のことは気がかりだが、何よりこうして会えない事の方が胸が痛い。
「数日もお顔が見れないのですね……」
「ミア……」
寂しい気持ちがつい言葉にして出てしまった。ハッとして慌てて首を振る。
(仕事で行くのに、こんな暗い顔をしてはいけないわ。心配がないようにしなければいけないのに……。しっかりしなくちゃ)
と思い直す。
「すみません。私のことは大丈夫ですからご心配なく。どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」
パッと笑顔を作ると、クラウはミアの髪を優しく撫でた。
「あぁ、ミア。すぐに帰ってくるから……」
低く甘い声が胸に響く。
そんな声で囁かれたら、甘えたくなってしまうではないか。
クラウはミアの唇に親指でそっと触れた。色気のある仕草に、顔が赤くなるのを感じる。一気に雰囲気が甘くとろけそうなものへと変わった。
クラウの顔がゆっくり近づき、その距離の近さにドキドキする。鼻先がかすかに触れ合う。その目に熱がこもっているのは一目瞭然だった。
クラウが何をしようとしているのか、経験のないミアでもわかってしまう。
「お、怒られませんか?」
「ん? まぁ、別にキスくらい良いんじゃないか? 数日離れるんだ、これくらいは許されるだろう?」
色気たっぷりに微笑まれ、ミアはさらに赤面した。はっきりと言葉にされ、さらに男としての色気を醸し出すクラウに心臓が飛び出そうだ。
(クラウ様の甘さに溶けてしまいそう……)
二人きりの部屋。あと数センチのところでクラウの顔が止まる。チラッとミアを伺う目線を送られるが、ミアの拒否がないとわかると一気に進めた。
唇が触れ合った瞬間、体に電流が走ったかのように甘いしびれが駆け巡る。
「甘い……。もう少しだけ……」
触れるだけのキスが一瞬離れる。しかし、クラウは熱っぽく囁くと再びミアに口付けをした。今度はさっきよりも深く濃厚に……。
「んっ……あ……」
キスの合間に自然と声が漏れる。
合わせるだけの口付けがより深く合わさり、空気を求めて薄く開かれたミアの口の隙間から、するりとクラウの舌が侵入する。
(あ、だめ……)
口内を蹂躙する舌は、ミアの舌をからめとり甘く刺激した。
自然と漏れる甘い声と刺激にミアはさらにクラクラする。ミアの体がカクンと力が抜けると、クラウはやっと唇を離した。
「あぁ、これ以上は止まらなくなるな……」
掠れた低い声にミアの背中がゾクッと泡立つ。体の奥がしびれるようだ。
切なそうな瞳のクラウにきつく抱きしめられた。真っ赤な顔のミアもその体に腕をそっと回して抱きしめ返す。
クラウの心臓がドキドキしているのが分かる。
このままお互いの体が溶け合ってしまえばいいのにと思った。