虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私!?〜

13.いってらっしゃい

「では、いってきます」

クラウは騎士団を従え、馬上からミアに声をかけた。それに頷いて微笑む。
出立を見送りに来たミアは、寂しさを隠して気丈に振る舞った。
これから数日間は会えない。不安と寂しさを押し殺して……。

(寂しい。たった数日でも、クラウ様のお姿が見られないなんて……)

心細さを感じながらも、それを見せたら困らせてしまう。

今後もこうしたことはよくあるのだから、悲しそうにしてはいけないと自分を叱咤した。寂しさをこらえて、ミアは背筋を伸ばして明るく声をかけた。

「はい! お気をつけて行ってらっしゃいませ。無事をお祈りしています」

そう伝えると、クラウは力強く微笑んで城を後にした。

(どうかお気をつけて……)

ミアはその姿が見えなくなるまでいつまでも見送っていた。

「もう、お妃様気取りですか」

水を差したのは、そんな小ばかにしたような声だった。

振り返ると、ジルズ大臣と取り巻きらしき数人がニヤニヤとしたり、冷たい視線をミアに寄こしていた。もちろん、好意的ではない。

ジルズに従っているということは、結婚反対派だろう。結構いるものなんだなと感じる。

(でも仕方ないわよね。私は他国の者なんだもの。それだけで面白くないと感じる人もいるでしょう)

どこか割り切ろうとするがズキンと胸が痛んだ。受け入れられないという事実は胸に刺さるものがある。

すると、ジルズはこれ見よがしにため息をついた。

「出立のお見送りに出るなんて、少しばかり図々しいのではありませんか?」
「申し訳ありません。クラウ王子殿下のご希望もあり、失礼かとは思いましたがお見送りさせていただきました」

そういうと、「おやまぁ、厚かましい」とクスクスと笑われる。
ミアは怯んでいないようにみせるため、背筋を伸ばして顔を上げた。ここで泣いたり怯えた顔を見せては相手の思うつぼだ。

「では、失礼いたします」

一礼をしてジルズの横を通り過ぎようとしたときだった。

「大きな顔をしていられるのも今のうちです」

そう冷たくポツリと呟く声が聞こえた。ハッと振り返ると、ジルズはミアに向かってニヤッと笑い、その場を離れて行った。

「ミア様? 大臣に何か言われましたか?」

ミアの顔色を見て、後ろからついてきたハザンが顔を覗き込んできた。

「いえ……。なんでもない。大丈夫です」

(あれって……、どういう意味?)

嫌な予感はしつつも、確信はなく何かされたわけではないのでミアは首を横に振った。


それが起きたのは、クラウが城を離れてから3日後のことだった。

いつも王宮式ダンスを教えてくれる先生の関係者が、隣国出身のミアの話を聞きたいと数人で城へやってきたのだ。
ミアには知らされていなかったが、どうやら急遽決定したことらしかった。

「申し訳ありません。急に決まったことらしく……。私も今さっき聞いたのです」

ハザンが珍しく慌てている。今朝、この話を国王に通し、許可が下りるとすぐさま実行となったらしい。

「大丈夫です。ほら、急がないと遅れてしまいますよ」

急いで支度して、本城にある迎賓の間へと向かう。そこにはすでにジルズを始め、文化大臣や産業大臣、来客の数人が机を囲っていた。

(急に決まったという割には人数も多いし、用意周到な感じね……)

眉を顰めそうになるのをこらえ、ニヤニヤしながら座っているジルズを横目にそんなことを思った。

来客の方々は、この国の優秀学校の教授や名誉ある研究をされている先生など名高い方々だという。
そしてその中になぜか、カルノも同席している。

(なぜカルノ様がここに……?)

カルノはミアと目が合うとクスッと笑う。
ミアはチラッと横目でジルズ大臣をみた。どこか機嫌良さそうな様子に首をかしげる。

(なんであんなに機嫌が良さそうなのかしら。いつもならもっと敵意を剥き出しにするのに。他に人がいるから?)

妙な違和感。しかし、そこを追及している暇はない。

側に控えていようとしたハザンは、用事を言い渡されて室内から追い出された。

「くれぐれもお気をつけて」

ハザンに耳打ちされ、ミアは一人この場に残されてしまった。

いや、もちろん、全く護衛がいないというわけではない。
ハザンの代わりに他の人が付いていてくれる。
しかし、信頼しているハザンが近くにいないことは、ミアの不安を煽った。

「さて始めましょうか」

ジルズはミアを敵視するそぶりを見せず、穏やかに会を進めていた。

集められた人たちは、大臣以外、植物学者、環境学者、歴史学者など名だたる方たちばかりだという。

(こんなに名だたる学者が急に揃うなんてあり得る? やひり、何か裏があるのかしら)

ミアは警戒心を抱きつつ、難なく故郷について質問に答え、名所などの紹介をした。

「東にそびえる山々は観光の名所にもされており、大きな滝が有名で――」

地図を広げながら説明をする。

「この時期になると、この行事に合わせたお菓子を作るのが恒例です。粉と卵と砂糖などを使い、中にくるみを入れると香ばしく美味しく仕上がります」

カルノは何か言ってくるかと警戒していたが、終始大人しくしていた。
むしろ、ミアの話に興味深そうにしている。

ジルズも大人しく、会は滞りなく進められる。何か起こりそうな気配すらない。

(考えすぎかしら……)

構えて緊張した分、少し肩透かしを食らった気分だ。

ただまぁ、やはりカルノが黙ったままということはなく、時々辛辣にもなるが……。

「ここはほとんど山ばかりね。自然豊かな国というけれど、ただの田舎じゃないの」

カルノが呟くと周りは苦笑した。大臣の娘だからたしなめるわけにもいかない、といった感じである。
ミアは笑顔を作り頷いた。

「はい、その通りです。この国に比べたら私の祖国は田舎です。しかし、その自然豊かさはこの国にはない資源が豊富です。先生方もご覧になったことがない植物や食べ物がたくさんあるかもしれません」
「なるほどな。確かにそれはあるだろう」
「一度行ってみたいわね」

学者たちにはそう頷いてもらえた。それにカルノはつまらなそうな顔をする。

ミアはもともとマリージュ学院では優秀だった。歴史や地理も得意だったので、祖国の紹介などは問題なくできていたのも、面白くないのだろう。

そのため、緊張はしたが特に困ることもほぼなくアピールできたのではないかと思う。
ホッと安堵のため息が出た。
こうしたことが、両国の友好に少しでもつながればいいなと思う。

(私に出来ることって、こういうことなのかしら……)

そして、会も終盤に差し掛かった時のことだった。

「さきほどミア様が仰っていた故郷のお菓子、とても興味が出ました。一度、食べてみたいのですが……」

そう口を開いたのは、王立大学校の教授をしているサマルだった。
歴史学者をしているらしく、ミアの祖国について一番質問が多かった女性だ。年配のニコニコした優しそうな雰囲気でミアに好意的な様子だった。

「そうですね。そのお菓子はなかなかこの国では手に入らないかと思いますよ。あぁ、そうだ! ミア様、レシピってわかりますか?」

隣にいた国交大臣は笑顔で明案とばかりにポンっと手を打つ。

「レシピですか? はい、小さい頃に母と作ったことがあります」
「それなら早い! 良かったら今ここで作っていただけませんか?」
「えぇ⁉」

ミアは目を丸くして驚愕した。

(今、これから作るの? 確かにすぐに作れるものではあるけれど、人さまに振舞うほどの腕前でもないし……)

突然の申し出に困惑していると、バカにしたような声が聞こえる。

「もしかして作れないの? それならはっきりそう言いなさい。どうせ作ったことがあるなんて嘘なんでしょう?」

カルノはフフっと笑っている。
作ったことがあるのは本当だ。母が作り方を教えてくれた。その思い出をバカにされた気がしてつい反論をする。

「嘘ではありません。作れます!」

はっきりそう言うと、周りは嬉しそうに拍手をした。しまったと思った時はもう遅い。断れない雰囲気になってしまった。

(カルノ様に乗せられてしまったわ)

周りの期待に満ちた目に内心ため息をつく。

「横の厨房をお使いください。数名、シェフがおりますから、その者たちと作ったら良いでしょう」

ジルズがにこやかに厨房へ行けと指示している。言われなくても断れない状況だ。

ミアは腹をくくった。まぁ元々何度も作ったことがあるお菓子だ。失敗することはないだろうし、何かあるとは思えない。

「承知いたしました。少々お時間いただけますか?」
「えぇ! もちろんよ!」

サマルは嬉しそうに手を合わせた。

隣の厨房へ行くと、数人のシェフがミアを待っていた。会談中にお茶やお菓子を出していたのでずっと控えていたようだ。
ミアが事情を説明すると、快く引き受けてくれた。幸い材料もある。

「よろしくお願いします」

ミアはシェフに指示を出しながら早速取り掛かった。






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