虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私!?〜
19.白い場所
ミアが目を覚ました時、周りは見渡す限り白かった。どこまでも果てしなく白い、何もない場所。
(あぁ、私死んでしまったのね)
ミアはすんなりとその状況に慣れた。
(王妃様を庇ってジルズ大臣に刺された。そこが致命傷になったのかしら? 今はどこも痛みなど感じないわ)
死後に痛みがないのはありがたかった。
(クラウ様……。こんな形で会えなくなるなんて思わなかった。でも、何故だろう。寂しいけれど誇らしい気持ちで一杯なの。そんなこと思うなんて、クラウ様に叱られてしまうだろうけれど)
妙に清々しい気持ちでいられるのは、最後に大役を果たせたという思いがあるからなのか。
ミアはそんなことを思いながら、ぼんやりとその白い場所に立っていると、奥からおーいという声がした。
(呼ばれている……? 誰?)
姿は見えない。でも声が呼んでいた。
自分を呼んでいる。行かなければ。
「呼ばれているわ、行かなきゃ」
ミアは一歩踏み出した。
その時……。
「ミア」
後ろから懐かしい声がした。驚いて振り返った少し先に母が立っていた。
「ミア、そっちに行ってはだめよ」
「お母さん……? お母さん!」
ミアは母に向かって駆けだすが、どうしても母には近寄れない。足が上手く動かないのだ。手を伸ばしても母には触れられない。
(なんで!? どうして……!)
もどかしさに涙が溢れてきた。
「お母さん、お母さん!」
「ミア、あなたは帰るところがあるはずよ」
もがくミアに母は懐かしい笑みでそう言った。
(帰るところ……)
ミアはハッとして体を動かすのを止める。優しい母の声に、ミアはゆっくりとかぶりを振った。
「……でも、帰ったところで辛いことしか待っていないわ。私には耐えられそうにない。だったら、このままお母さんのそばに居させて?」
クラウに会えないのは辛いが、ミアはこのまま母の側にいたいと思っていた。
カルノの言ったこと、結婚のこと、側室のこと。全てから目を逸らしたかったのだ。
呟くミアに、母は幼子に言い聞かせる様な声で言った。
「そうかしら? ミア、あなたはそれでいいの?」
「それしかないもの……」
「せっかく得た大切なものを、あなたは手放せるの?」
「それは……」
すると母はクスッと笑った。「仕方のない子ね」と、ミアがぐずった時に言っていた顔と同じだ。
「ねぇ、あなたは自分のルーツをちゃんとわかっている?」
「え?」
「大丈夫よ、何も心配いらないから。あなたは信じればいいの。自分を、周りを……。だから帰りなさい」
母は優しくミアに微笑みかける。
(帰る……? どこへ? クラウ様の元へ?)
ミアは不安になりながらも、母の笑顔が目の前に来て、背中を押してくる。
帰ると辛いだけ。そうはわかっていても、本心はクラウの元へと帰りたいことが母にはバレているのだろう。
ミアは気が付けば母が指さす方へと歩いていた。
そしてふと振り返る。そこにはまだ母が微笑んで立っていた。
「お母さん……。また会える?」
「いつかね。あなたが自分の人生に満足出来たら」
笑って手を振る母は光に包まれていった。あまりの眩しさにミアは目を閉じた。
――――
ミアが目を覚ますと、また白い天井が見えた。しかし、今度はちゃんとどこかの部屋にいると理解できる。
開いた窓から入る風に乗って、かすかに薬品の香りがした。
(ここは……? 病院……? 王宮の医務室かしら?)
目線を動かすと、ベッドに突っ伏しているクラウの頭が見えた。どうやら眠っているようだ。
(あぁ、私、帰ってきたのね……。お母さんが帰してくれたんだ)
思わず涙が浮かぶ。目を擦って涙を拭くと、ミアがそっとクラウの髪に触れた。クラウはピクッと反応して顔を上げる。
「ミア……? ミア! 良かった、目が覚めたんだな」
安堵したクラウはどこか泣きそうだ。ミアの手をぎゅっと握りしめてくる。
「クラウ様……、私……?」
「ジルズに刺された後、丸一日眠っていた。あぁ、まだ動いてはいけないよ。傷が開いてしまう」
そう言われると確かに背中の肩甲骨あたりが痛い。でも全く動けないほどではなかった。
「傷はそこまで深くはなかったんだ。出血が多かったけどね」
「そうでしたか……。あ、王妃様は?」
「母上はミアのお陰で何ともない。ミア、母上を庇ってくれてありがとう。心からお礼を言うよ」
王妃の無事を知り、ミアはホッとする。
「いいえ、ご無事でよかった……」
「ジルズは捕まったよ。君のお菓子を食べたサマルも毒が入っているとわかって自ら食べ、ミアを陥れようとしたのだと供述した。もちろん手伝ったシェフも。指示通り、サマルにだけ毒入りのお菓子を出したらしい。まぁそもそも、その毒も命には別条ない程度の物だったらしいが」
「そうでしたか……」
(ではやはりあの料理中に、隙を見て毒を入れられていたのね)
そういえば、テーブルにお菓子を並べたのは件のシェフだった。毒入りの物だけサマルの前に出したのだろう。
「でも、サマルさんの命が無事で良かったです……」
そう思ってしまう自分は甘いのだろうか……。クラウは苦笑してミアの頭を撫でた。
そしてミアは横になる自分を覗き込むクラウに謝った。
「クラウ様、いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「いいんだ。……俺、お前が倒れた時、目の前が真っ暗になった。お前を失うことが怖くてたまらなかったよ」
「クラウ様……」
クラウの気持ちが嬉しくてミアはポロっと涙がこぼれた。
「私も……、怖かったです。でも母が……」
「お母さん? ミアの?」
「はい。母が夢に出てきたんです。そっちに行ってはダメと。私には帰るところがあると……」
「お母さんが……。そうか……」
嬉しそうに笑うクラウにつられてミアも笑顔になる。
そしてもう一つ気になっていたことを聞いた。
「ジルズ大臣の処罰はどうなるんですか?」
「……王妃に刃を向けたからな。処刑される可能性は高い」
「そう……ですか……」
(処刑……。そうよね、それは免れないわ。王族に刃を向けるのは大罪だもの)
ジルズの行く末に胸が少し痛むが、こればかりはどうにも出来ないことだ。
「娘のカルノは王宮の出入りが禁止になった。まぁ、父親が捕まった時点で当然だが、爵位もはく奪。追放された郊外でひっそりと暮らすだろう」
「カルノ様……」
(そういえば……)
そこでミアはハタッと気が付いた。カルノの言葉を思い出したのだ。
(そうだった……。クラウ様とカルノ様は……)
クラウを目の前にして、ミアはカルノがクラウと一晩を過ごしたということを思い出していた。
落ち着いた心が一気に騒ぎ出す。
カルノが追放されたのなら彼女が側室になることはないだろうけど、でもクラウとカルノは一夜を共にしていた……。
それを思い出したミアは、胸が苦しくなってクラウの顔が見られなくなってしまった。
「ミア?」
「あ……、すみません。少し疲れてしまって……」
「あぁ、そうだな。俺は出ているから少し休むといい。ここは医務室で、隣の部屋には医師がいるから何かあったら声をかけろ」
「はい」
クラウが部屋を出て行くとホッと息を吐いた。
(事件は解決したけれど、また新たな悩みが出てしまったわ……)
クラウが他の女性を抱いていた。それを思うと嫉妬で頭が狂いそうになる。
クラウには自分以外誰にも触れてほしくない。自分だけを見て愛してもらいたい。
けれど、クラウは王子だ。カルノが言っていた正当な血統という言葉にも引っかかっていた。
もし自分と結婚したとして、クラウが側室をとる可能性だってある。
「私……、どうしたらいいのかしら……」
誰もいない部屋で、ポツリと呟いたミアの声はやけに大きく聞こえた。
(あぁ、私死んでしまったのね)
ミアはすんなりとその状況に慣れた。
(王妃様を庇ってジルズ大臣に刺された。そこが致命傷になったのかしら? 今はどこも痛みなど感じないわ)
死後に痛みがないのはありがたかった。
(クラウ様……。こんな形で会えなくなるなんて思わなかった。でも、何故だろう。寂しいけれど誇らしい気持ちで一杯なの。そんなこと思うなんて、クラウ様に叱られてしまうだろうけれど)
妙に清々しい気持ちでいられるのは、最後に大役を果たせたという思いがあるからなのか。
ミアはそんなことを思いながら、ぼんやりとその白い場所に立っていると、奥からおーいという声がした。
(呼ばれている……? 誰?)
姿は見えない。でも声が呼んでいた。
自分を呼んでいる。行かなければ。
「呼ばれているわ、行かなきゃ」
ミアは一歩踏み出した。
その時……。
「ミア」
後ろから懐かしい声がした。驚いて振り返った少し先に母が立っていた。
「ミア、そっちに行ってはだめよ」
「お母さん……? お母さん!」
ミアは母に向かって駆けだすが、どうしても母には近寄れない。足が上手く動かないのだ。手を伸ばしても母には触れられない。
(なんで!? どうして……!)
もどかしさに涙が溢れてきた。
「お母さん、お母さん!」
「ミア、あなたは帰るところがあるはずよ」
もがくミアに母は懐かしい笑みでそう言った。
(帰るところ……)
ミアはハッとして体を動かすのを止める。優しい母の声に、ミアはゆっくりとかぶりを振った。
「……でも、帰ったところで辛いことしか待っていないわ。私には耐えられそうにない。だったら、このままお母さんのそばに居させて?」
クラウに会えないのは辛いが、ミアはこのまま母の側にいたいと思っていた。
カルノの言ったこと、結婚のこと、側室のこと。全てから目を逸らしたかったのだ。
呟くミアに、母は幼子に言い聞かせる様な声で言った。
「そうかしら? ミア、あなたはそれでいいの?」
「それしかないもの……」
「せっかく得た大切なものを、あなたは手放せるの?」
「それは……」
すると母はクスッと笑った。「仕方のない子ね」と、ミアがぐずった時に言っていた顔と同じだ。
「ねぇ、あなたは自分のルーツをちゃんとわかっている?」
「え?」
「大丈夫よ、何も心配いらないから。あなたは信じればいいの。自分を、周りを……。だから帰りなさい」
母は優しくミアに微笑みかける。
(帰る……? どこへ? クラウ様の元へ?)
ミアは不安になりながらも、母の笑顔が目の前に来て、背中を押してくる。
帰ると辛いだけ。そうはわかっていても、本心はクラウの元へと帰りたいことが母にはバレているのだろう。
ミアは気が付けば母が指さす方へと歩いていた。
そしてふと振り返る。そこにはまだ母が微笑んで立っていた。
「お母さん……。また会える?」
「いつかね。あなたが自分の人生に満足出来たら」
笑って手を振る母は光に包まれていった。あまりの眩しさにミアは目を閉じた。
――――
ミアが目を覚ますと、また白い天井が見えた。しかし、今度はちゃんとどこかの部屋にいると理解できる。
開いた窓から入る風に乗って、かすかに薬品の香りがした。
(ここは……? 病院……? 王宮の医務室かしら?)
目線を動かすと、ベッドに突っ伏しているクラウの頭が見えた。どうやら眠っているようだ。
(あぁ、私、帰ってきたのね……。お母さんが帰してくれたんだ)
思わず涙が浮かぶ。目を擦って涙を拭くと、ミアがそっとクラウの髪に触れた。クラウはピクッと反応して顔を上げる。
「ミア……? ミア! 良かった、目が覚めたんだな」
安堵したクラウはどこか泣きそうだ。ミアの手をぎゅっと握りしめてくる。
「クラウ様……、私……?」
「ジルズに刺された後、丸一日眠っていた。あぁ、まだ動いてはいけないよ。傷が開いてしまう」
そう言われると確かに背中の肩甲骨あたりが痛い。でも全く動けないほどではなかった。
「傷はそこまで深くはなかったんだ。出血が多かったけどね」
「そうでしたか……。あ、王妃様は?」
「母上はミアのお陰で何ともない。ミア、母上を庇ってくれてありがとう。心からお礼を言うよ」
王妃の無事を知り、ミアはホッとする。
「いいえ、ご無事でよかった……」
「ジルズは捕まったよ。君のお菓子を食べたサマルも毒が入っているとわかって自ら食べ、ミアを陥れようとしたのだと供述した。もちろん手伝ったシェフも。指示通り、サマルにだけ毒入りのお菓子を出したらしい。まぁそもそも、その毒も命には別条ない程度の物だったらしいが」
「そうでしたか……」
(ではやはりあの料理中に、隙を見て毒を入れられていたのね)
そういえば、テーブルにお菓子を並べたのは件のシェフだった。毒入りの物だけサマルの前に出したのだろう。
「でも、サマルさんの命が無事で良かったです……」
そう思ってしまう自分は甘いのだろうか……。クラウは苦笑してミアの頭を撫でた。
そしてミアは横になる自分を覗き込むクラウに謝った。
「クラウ様、いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「いいんだ。……俺、お前が倒れた時、目の前が真っ暗になった。お前を失うことが怖くてたまらなかったよ」
「クラウ様……」
クラウの気持ちが嬉しくてミアはポロっと涙がこぼれた。
「私も……、怖かったです。でも母が……」
「お母さん? ミアの?」
「はい。母が夢に出てきたんです。そっちに行ってはダメと。私には帰るところがあると……」
「お母さんが……。そうか……」
嬉しそうに笑うクラウにつられてミアも笑顔になる。
そしてもう一つ気になっていたことを聞いた。
「ジルズ大臣の処罰はどうなるんですか?」
「……王妃に刃を向けたからな。処刑される可能性は高い」
「そう……ですか……」
(処刑……。そうよね、それは免れないわ。王族に刃を向けるのは大罪だもの)
ジルズの行く末に胸が少し痛むが、こればかりはどうにも出来ないことだ。
「娘のカルノは王宮の出入りが禁止になった。まぁ、父親が捕まった時点で当然だが、爵位もはく奪。追放された郊外でひっそりと暮らすだろう」
「カルノ様……」
(そういえば……)
そこでミアはハタッと気が付いた。カルノの言葉を思い出したのだ。
(そうだった……。クラウ様とカルノ様は……)
クラウを目の前にして、ミアはカルノがクラウと一晩を過ごしたということを思い出していた。
落ち着いた心が一気に騒ぎ出す。
カルノが追放されたのなら彼女が側室になることはないだろうけど、でもクラウとカルノは一夜を共にしていた……。
それを思い出したミアは、胸が苦しくなってクラウの顔が見られなくなってしまった。
「ミア?」
「あ……、すみません。少し疲れてしまって……」
「あぁ、そうだな。俺は出ているから少し休むといい。ここは医務室で、隣の部屋には医師がいるから何かあったら声をかけろ」
「はい」
クラウが部屋を出て行くとホッと息を吐いた。
(事件は解決したけれど、また新たな悩みが出てしまったわ……)
クラウが他の女性を抱いていた。それを思うと嫉妬で頭が狂いそうになる。
クラウには自分以外誰にも触れてほしくない。自分だけを見て愛してもらいたい。
けれど、クラウは王子だ。カルノが言っていた正当な血統という言葉にも引っかかっていた。
もし自分と結婚したとして、クラウが側室をとる可能性だってある。
「私……、どうしたらいいのかしら……」
誰もいない部屋で、ポツリと呟いたミアの声はやけに大きく聞こえた。