虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私!?〜
2.生垣から現れたのは……
ミアは昼休みになると、必ず行くところがあった。
「うーん、今日もいい天気」
ミアは空を見上げながら大きく伸びをした。
学校の校舎から少し離れた場所に、学校所有の大きな湖がある。そこがミアのお気に入りの場所だ。
乗馬の授業で来ることがある場所だが、ミアはいつも歩いてここに来ていた。昼休みに昼食のパンを食べて戻るにはちょうどよい行き来の距離なのだ。
「今日も湖がキラキラしていて綺麗だわ」
芝生の上に座って、持ってきたサンドイッチを頬張る。ミアはこうしてここで一人で過ごす時間が大好きだった。
(誰にも邪魔をされない。最高の場所ね!)
誰の目も気にしなくてよい時間はミアの癒しでもある。
何も言われず、自由な時間はここしかないと思うほどであった。
「はぁ、気持ちよくて少し眠くなってきちゃったわ……」
心地よい日差しに目を細めると、突然近くの茂みがガサガサと鳴った。
(えっ!? 何!?)
ハッと振り向くがその姿は見えない。ただ、奥の茂みが小さく揺れているだけだ。
「何かしら……」
ここにはリスやウサギなど、小さな小動物がよくいた。もしかしたら先日懐いたリスだろうか。
(だとしたら、ご飯をあげないとね)
ミアは頬を緩ませ、食べていたパンをあげようかと考えた。
しかし――……。
「痛たた……」
そう呟きながら茂みから現れたのは、若い男性だった。両手と膝をつき、四つ這いになりながら枝を服に引っ掛けて困った声を出している。
「え……」
人がいるとは微塵も思わなかったミアは絶句しながら、驚きで固まってしまう。
(人!? しかも、男!? なんで!?)
男性が顔を上げると、目を丸くしていたミアと視線が絡まる。
「君……」
ミアは頭の中が真っ白だった。
(ど、どうしてここに男の人がいるの!?)
だって、ここは令嬢が通う女子学院だ。男性は年配の教師くらいしかいない。
しかし目の前の男性は、ミアと同じくらい年齢に見えた。若い男性がこんな場所にいること自体がおかしいのである。
と、いうことはつまり……。
(不審者だわ……!!)
一気に頭が動き出したミアは、真っ青になりながら口を開いた。
「きゃぁ……!!」
「シッ! 大声出さないで!」
叫びそうになったミアを男性が鋭く制止する。
ピシッとした言い方に驚いて、ミアも反射で悲鳴を飲み込んだ。
男性は鋭い声を出したわりにはその表情は穏やかだ。でも安心はできない。女性が一人、不審者に対峙しているのだから、身の危険がある状況には変わりない。
(どうしよう……。襲われるかもしれない!)
驚きと恐怖で体が固まり震える。でも、大声を出したら何をされるかわからない。
(早く逃げ出さないと何をされるかわからない……! 逃げなきゃ!)
じりじりと足が後ろへ下がる。しかしその反面、頭のどこかでは冷静に男性を観察している自分がいた。
(この人は一体誰……? 学校の関係者ではないことは確かね……。茂みから抜けてきた? 茂みの向こうは……)
男性はゆっくり立ち上がると、体に着いた葉や土汚れをパンパンと軽く払う。
その背が高く、スラッとしていてスタイルがいい。焦げ茶色の髪がサラッと揺れる。グレーの瞳で穏やかにでもジッとミアを見つめてきた。
(なに……? そんなに見つめないでよ)
とても綺麗な顔立ちの男性で、ミアは戸惑いと見つめられたことによる恥ずかしさで思わず顔をそむけた。
「君はここの生徒?」
先ほどとは打って変わって、優しい声で聞かれる。低く甘やかな声だ。
ミアを怖がらせまいとする様子が感じられる。ミアは男性の穏やかな雰囲気に目を丸くしながら小さく頷いた。
「えぇ……。あ、あの……、あなたは何者ですか? 不審者なら今すぐに通報いたしますよ!」
ミアは警戒してさらに後ずさりし、男性と距離を取った。もし何かされてもすぐに駆け出して逃げられるようにだ。
しかし、男性はミアの警戒を感じたうえで、軽く両手を上にあげて「なにもしない」とアピールをした。
「それは困るな。大丈夫だ、誓って何もしないから」
「そんなこと言われても、はいそうですかと信じられるわけないでしょう!」
そう反論すると、「確かにな」と妙に納得されてしまった。
(何なのこの人……。逃げた方がいいのかな。でも害がある様に見えないし……。いや、騙されてはいけないわ! でも……)
私の戸惑いを男性は見透かしたように苦笑した。
「まぁ、そう怖がらないで。俺はザーランド学院の生徒だよ。敷地内を探検していたらここに出てしまっただけだ」
ハハハと可笑しそうに笑う男性に、ミアはあっけにとられた様にポカンとした。
「……はい?」
ザーランド学院の方に視線を向ける。確かに彼が出てきた茂みの奥はザーランド学院がある。
両校は生垣で区切ってあるだけで特に塀や柵などはない。あるのは縦三メートルはあろうかという分厚い生垣だけである。
(ザーランドの生徒? ってことは、そこを通ってきたというの……?)
そもそも、その生垣から両校を行き来する人など聞いたことがない。
両学校はある意味、良い所のお嬢様とお坊ちゃまばかりなので、汚れたり叱られるたりするようなことまでして隣に行きたいとは思わないのだ。
見つかったら叱られるだけではなく、噂になれば自分の家の恥にもなる。そこまでして異性に会うリスクはない。
そんなことしなくても、両校の生徒は基本的に社交界で出会えるのだ。
だからこそ、目の前の男性が言うことが怪しく思えた。
「探検って……。普通はそんなことしません……。あなた本当にザーランドの学生なのですか?」
ザーランド生を語った悪人かもしれない。ミアが眉を顰めて不審がると男性は笑った。
「まぁ、俺は興味のある事には何でも挑戦してしまうからな……」
頭をガシガシとかくと、男性は腰をかがめてミアの顔を覗き込んだ。少し近づいた距離感にたじろぐ。
「そんなに怯えるな。誓って君に危害は加えないからさ。俺の名前はクラウ。出身は隣国のカラスタンド王国。ザーランド学院には留学中なんだ」
「え……、カラスタンド王国……。留学生!?」
ミアは男性――、クラウが隣国の出身と聞いて驚いた。
この国は30年前までカラスタンド王国とは敵対しており冷戦状態だった。その後、平和条約を締結して戦争は終わり、カラスタンド王国は急成長を遂げたのだ。
今では我が国とカラスタンド国が戦争をしたら、我が国など一瞬で負けてしまうだろうともいわれている。そんな発展国が自分の国に留学するなんてと驚いたのだ。
「カラスタンド王国に比べたら、何もない国で驚いたでしょう……」
思わず漏れた本音に、クラウは微笑んで首を横に振った。
「いいや。ここは緑豊かでとても綺麗な国だ。フルーツもみずみずしくて美味しい。それに、なにより女性が美しい」
色っぽい視線でクスっと微笑まれ、ミアはカァァっと頬が赤く熱くなった。
(な、何を言っているの。この人は!)
だがお世辞だろうが、そう言われると女性としては嬉しいと感じる。
(口が上手いのね。そう言うこの人だって、そう見ないほど綺麗な人だわ)
ミアもクラウのように美しい男性を見たことがない。
つい見惚れてしまうほどだ。
「名は何という?」
「……ミアと申します」
一瞬、偽名を名乗ろうか迷ったが本名を名乗ることにした。どうせ調べられたらすぐにばれる。
「ミアはよくここに来るのか?」
「えぇ、お天気が良い日だけですが……」
「そうか。じゃぁまた会えるといいな」
(え? また会うって……、どういうことだろう)
まさかまたここに来るつもりなのだろうか。そう考えていると、クラウは持っていた懐中時計をチラッと見て、しまったという風に顔をしかめた。
「もう行かなきゃ。ではまたな」
クラウは簡潔にそういうと、再び茂みの中へとあっという間に消えて行った。ミアはその消えた場所を呆気に見ていた。
(まるで風のような人ね……。一体何だったのだろう)
突如現れて消えた彼は幻だったのではと思えるほどだ。
「クラウ……。驚いたけど、不思議な人……」
それがミアとクラウの出会いだった。
「うーん、今日もいい天気」
ミアは空を見上げながら大きく伸びをした。
学校の校舎から少し離れた場所に、学校所有の大きな湖がある。そこがミアのお気に入りの場所だ。
乗馬の授業で来ることがある場所だが、ミアはいつも歩いてここに来ていた。昼休みに昼食のパンを食べて戻るにはちょうどよい行き来の距離なのだ。
「今日も湖がキラキラしていて綺麗だわ」
芝生の上に座って、持ってきたサンドイッチを頬張る。ミアはこうしてここで一人で過ごす時間が大好きだった。
(誰にも邪魔をされない。最高の場所ね!)
誰の目も気にしなくてよい時間はミアの癒しでもある。
何も言われず、自由な時間はここしかないと思うほどであった。
「はぁ、気持ちよくて少し眠くなってきちゃったわ……」
心地よい日差しに目を細めると、突然近くの茂みがガサガサと鳴った。
(えっ!? 何!?)
ハッと振り向くがその姿は見えない。ただ、奥の茂みが小さく揺れているだけだ。
「何かしら……」
ここにはリスやウサギなど、小さな小動物がよくいた。もしかしたら先日懐いたリスだろうか。
(だとしたら、ご飯をあげないとね)
ミアは頬を緩ませ、食べていたパンをあげようかと考えた。
しかし――……。
「痛たた……」
そう呟きながら茂みから現れたのは、若い男性だった。両手と膝をつき、四つ這いになりながら枝を服に引っ掛けて困った声を出している。
「え……」
人がいるとは微塵も思わなかったミアは絶句しながら、驚きで固まってしまう。
(人!? しかも、男!? なんで!?)
男性が顔を上げると、目を丸くしていたミアと視線が絡まる。
「君……」
ミアは頭の中が真っ白だった。
(ど、どうしてここに男の人がいるの!?)
だって、ここは令嬢が通う女子学院だ。男性は年配の教師くらいしかいない。
しかし目の前の男性は、ミアと同じくらい年齢に見えた。若い男性がこんな場所にいること自体がおかしいのである。
と、いうことはつまり……。
(不審者だわ……!!)
一気に頭が動き出したミアは、真っ青になりながら口を開いた。
「きゃぁ……!!」
「シッ! 大声出さないで!」
叫びそうになったミアを男性が鋭く制止する。
ピシッとした言い方に驚いて、ミアも反射で悲鳴を飲み込んだ。
男性は鋭い声を出したわりにはその表情は穏やかだ。でも安心はできない。女性が一人、不審者に対峙しているのだから、身の危険がある状況には変わりない。
(どうしよう……。襲われるかもしれない!)
驚きと恐怖で体が固まり震える。でも、大声を出したら何をされるかわからない。
(早く逃げ出さないと何をされるかわからない……! 逃げなきゃ!)
じりじりと足が後ろへ下がる。しかしその反面、頭のどこかでは冷静に男性を観察している自分がいた。
(この人は一体誰……? 学校の関係者ではないことは確かね……。茂みから抜けてきた? 茂みの向こうは……)
男性はゆっくり立ち上がると、体に着いた葉や土汚れをパンパンと軽く払う。
その背が高く、スラッとしていてスタイルがいい。焦げ茶色の髪がサラッと揺れる。グレーの瞳で穏やかにでもジッとミアを見つめてきた。
(なに……? そんなに見つめないでよ)
とても綺麗な顔立ちの男性で、ミアは戸惑いと見つめられたことによる恥ずかしさで思わず顔をそむけた。
「君はここの生徒?」
先ほどとは打って変わって、優しい声で聞かれる。低く甘やかな声だ。
ミアを怖がらせまいとする様子が感じられる。ミアは男性の穏やかな雰囲気に目を丸くしながら小さく頷いた。
「えぇ……。あ、あの……、あなたは何者ですか? 不審者なら今すぐに通報いたしますよ!」
ミアは警戒してさらに後ずさりし、男性と距離を取った。もし何かされてもすぐに駆け出して逃げられるようにだ。
しかし、男性はミアの警戒を感じたうえで、軽く両手を上にあげて「なにもしない」とアピールをした。
「それは困るな。大丈夫だ、誓って何もしないから」
「そんなこと言われても、はいそうですかと信じられるわけないでしょう!」
そう反論すると、「確かにな」と妙に納得されてしまった。
(何なのこの人……。逃げた方がいいのかな。でも害がある様に見えないし……。いや、騙されてはいけないわ! でも……)
私の戸惑いを男性は見透かしたように苦笑した。
「まぁ、そう怖がらないで。俺はザーランド学院の生徒だよ。敷地内を探検していたらここに出てしまっただけだ」
ハハハと可笑しそうに笑う男性に、ミアはあっけにとられた様にポカンとした。
「……はい?」
ザーランド学院の方に視線を向ける。確かに彼が出てきた茂みの奥はザーランド学院がある。
両校は生垣で区切ってあるだけで特に塀や柵などはない。あるのは縦三メートルはあろうかという分厚い生垣だけである。
(ザーランドの生徒? ってことは、そこを通ってきたというの……?)
そもそも、その生垣から両校を行き来する人など聞いたことがない。
両学校はある意味、良い所のお嬢様とお坊ちゃまばかりなので、汚れたり叱られるたりするようなことまでして隣に行きたいとは思わないのだ。
見つかったら叱られるだけではなく、噂になれば自分の家の恥にもなる。そこまでして異性に会うリスクはない。
そんなことしなくても、両校の生徒は基本的に社交界で出会えるのだ。
だからこそ、目の前の男性が言うことが怪しく思えた。
「探検って……。普通はそんなことしません……。あなた本当にザーランドの学生なのですか?」
ザーランド生を語った悪人かもしれない。ミアが眉を顰めて不審がると男性は笑った。
「まぁ、俺は興味のある事には何でも挑戦してしまうからな……」
頭をガシガシとかくと、男性は腰をかがめてミアの顔を覗き込んだ。少し近づいた距離感にたじろぐ。
「そんなに怯えるな。誓って君に危害は加えないからさ。俺の名前はクラウ。出身は隣国のカラスタンド王国。ザーランド学院には留学中なんだ」
「え……、カラスタンド王国……。留学生!?」
ミアは男性――、クラウが隣国の出身と聞いて驚いた。
この国は30年前までカラスタンド王国とは敵対しており冷戦状態だった。その後、平和条約を締結して戦争は終わり、カラスタンド王国は急成長を遂げたのだ。
今では我が国とカラスタンド国が戦争をしたら、我が国など一瞬で負けてしまうだろうともいわれている。そんな発展国が自分の国に留学するなんてと驚いたのだ。
「カラスタンド王国に比べたら、何もない国で驚いたでしょう……」
思わず漏れた本音に、クラウは微笑んで首を横に振った。
「いいや。ここは緑豊かでとても綺麗な国だ。フルーツもみずみずしくて美味しい。それに、なにより女性が美しい」
色っぽい視線でクスっと微笑まれ、ミアはカァァっと頬が赤く熱くなった。
(な、何を言っているの。この人は!)
だがお世辞だろうが、そう言われると女性としては嬉しいと感じる。
(口が上手いのね。そう言うこの人だって、そう見ないほど綺麗な人だわ)
ミアもクラウのように美しい男性を見たことがない。
つい見惚れてしまうほどだ。
「名は何という?」
「……ミアと申します」
一瞬、偽名を名乗ろうか迷ったが本名を名乗ることにした。どうせ調べられたらすぐにばれる。
「ミアはよくここに来るのか?」
「えぇ、お天気が良い日だけですが……」
「そうか。じゃぁまた会えるといいな」
(え? また会うって……、どういうことだろう)
まさかまたここに来るつもりなのだろうか。そう考えていると、クラウは持っていた懐中時計をチラッと見て、しまったという風に顔をしかめた。
「もう行かなきゃ。ではまたな」
クラウは簡潔にそういうと、再び茂みの中へとあっという間に消えて行った。ミアはその消えた場所を呆気に見ていた。
(まるで風のような人ね……。一体何だったのだろう)
突如現れて消えた彼は幻だったのではと思えるほどだ。
「クラウ……。驚いたけど、不思議な人……」
それがミアとクラウの出会いだった。