虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私！？〜
20．悶々とする夜
ミアは出血は多かったものの、傷自体は浅かった。体を動かすと痛みはあるが、全く動けないというわけではない。
翌日には自室へ戻ることが許された。
「申し訳ありませんでした！」
ミアが自室に戻って数日後、ハザンが訪ねてきた。隣には大柄で厳つい男性がおり、服装からして王室警備隊とわかる。
ハザンは部屋に入るなり、開口一番そう叫んだ。
「ミア様、私は王室警備隊隊長ファビーと申します。この度は私の部下が御身をお守りしきれず、大変申し訳ありませんでした」
ファビーは深々と頭を下げて謝罪をする。と、同時にハザンが床に手をついてミアに土下座をしてきた。
「ハ、ハザンさん⁉」
突然のことに唖然とする。
「やめてください。頭を上げて」
「いいえ、出来ません！ 私はミア様の護衛なのに……、その身をお守りすることができませんでした。どんな処罰もお受けいたします」
床を見つめたままそう言うハザンは、事件後は王子の婚約者を危険な目に遭わせたということでずっと謹慎させられていたらしい。
クラウがファビーに話をつけに行ってくれたが、首を縦に振ってはもらえなかったという。
それだけ、警備隊の中では重い出来事としてとらえられていた。
そしてやっと、今日こうしてミアを訪ねてきたのだという。
「私は本日をもってミア様の護衛を解任されます。その前にどうしても直接お会いして謝罪したかったのです」
「解任⁉」
（そんな話は聞いていないわ……！）
ミアはサッと顔つきを変えた。
「……ハザンさん、顔を上げてください」
「いえ、このままで……」
「あげてと言っているのです！」
ミアの大きな声に、ハザンは反射的に顔を上げる。その剣幕にファビーも目を丸くしていた。
いつも穏やかでおっとりしたミアが厳しい声を出すなんて想像もできなかったのだ。
しかし、ミアはそんな二人に構わず言葉を続ける。
「今回の件、護衛として落ち度がなかったかというと、ゼロではないかもしれません。しかし、私自身も身勝手な行動で怪我をした落ち度はあります。私はあなたを責める気持ちなど微塵もありません」
「し、しかし……」
「むしろ、地下牢からずっと……、よく私を守ってくださいました。心からお礼を申し上げます」
ミアが深々と頭を下げると、慌てたのはファビーとハザンだ。クラウの婚約者にそんなことされては困る。
「おやめください、ミア様！」
「ミア様！」
「それと、ハザンさんを私の護衛から外すということですが……」
ファビーに向き合うと気まずそうな顔をされた。しかしミアは視線を外さない。
「結婚反対派もまだいる中で、彼女を私の側から外すメリットはあるのでしょうか？ 私は信頼がおける彼女にそばに居てもらいたい」
「そう仰いましても……」
ファビーに戸惑いが見られた。
あと一押し、とミアは言葉を止めない。
「もちろん、私はまだクラウ様の婚約者ですから、隊長殿に意見を申し上げられる立場ではございません。しかし、もし隊長殿が私を未来の王妃としてお考え下さいますなら、今後どうすべきかもう一度ご検討いただけませんか？」
ファビーはゴクリとつばを飲み込んだ。
ミアがこんなに毅然とした態度で、はっきりと物を言うとは思っていなかった。フワッとした綺麗なお嬢さんという印象しかなかった。自分の意見をこうもはっきり言う人だなんて微塵も考えなかったのだ。
なによりこの言葉はある意味脅しのようだと感じた。未来の王妃が意見を言っているのだと強調しているのだ。そこをよく考えろと。
「まいったな……」
ファビーは小さく呟く。
自分がミアを侮っていたことに気が付かされた。
ミアの言葉や声色は決してきつくはない。だからこそ、ある意味厄介だなとファビーは思う。
ここで選択を間違えれば、今後自分の立場はどうなるのだろう。
そう考え、ファビーは軽く息を吐いた。
「承知いたしました。ハザンの処分に関しましては、今一度検討しなおしたいと思います」
「ありがとうございます！」
パァァと花のような笑みを浮かべてお礼を言う小さな姿はとても大きく感じた。
ファビーは「クラウ様、この方は王妃様に相応しいですよ」と、どこか現王妃の雰囲気を思わせるミアに苦笑した。
その夜。
お風呂を上がると、侍女と入れ違いにクラウが部屋に入ってきた。
就寝前に部屋には二人きりだ。ミアはクラウに紅茶を入れた。
「クラウ様、どうぞ」
「ありがとう。あぁ、そうだ。聞いたぞ。ファビーにハザンを戻すよう毅然と言い放ったってな」
クラウは可笑しそうにくすくすと笑っている。
昼間の出来事を耳にしたのだろう。
（余計なことをしたと思っているかしら……。でも、言わずにはいられなかったのよね）
しかし、クラウは微笑んでおり、どうやら叱られるわけではなさそうだ。
「少し語弊があります。ハザンさんが私の護衛を外れるのは変だと思ったのでそう伝えただけです。でも……、申し訳ありません。出過ぎた真似をしましたね」
素直に謝罪すると、クラウは首を振った。
「いや、出過ぎたなんて思っていない。それほどミアがハザンを信頼しているということだ。俺はミアが自分の意見を、臆することなく発言してくれたことが嬉しいよ。あぁ、ファビーがハザンをミアの護衛に戻すと話していた」
「本当ですか！？」
「あぁ。ハザンは王宮警備隊で唯一の女性隊員。ミアの護衛には外せないからな」
そう言われて、心の底からホッとした。ハザンがそばに居てくれることは、ミアにとってももう自然なことだった。信頼する人がそばに居てくれるのは心強い。
（良かった……。凄く嬉しい！）
頬が緩むと、クラウが席を立ってミアの背中を指さした。
「傷の方はどうだ？」
ミアは立ち上がると後ろを向いて、赤い髪をどかしクラウに背中を見せる。
薄い夜着に包まれていたため背中の傷は見えないが、もう肩を動かしてもほぼ痛みはなくなっていた。
「痛みはほとんどありません。まだ傷は消えないけど、心配するほどのものではなくなりました。これくらいなら傷跡も残らないそうです」
「そうか、良かった」
クラウは安堵の息を吐くと、背中側からミアに体を密着させ、あらわになった首筋にキスを落とした。
「ひゃっ！」
「綺麗だからつい……。首筋を見せるから誘っているのかと思った」
耳元で低く甘い声で囁かれ、ゾクッと体が震える。一気に顔も体も熱を帯びたのが分かった。
「か、からかわないでください」
「からかってなどいないけど？」
ふふっと笑う息が耳をくすぐりそれも刺激になる。クラウはミアの首筋に唇を寄せ、そのままゆっくりと這わせた。
「⁉」
ビクッと震え肩をすくめようとするミアの体を、後ろからホールドして動けないようにする。しっとりした唇が肌を熱くした。
「んっ……あ……」
官能的な触れ方に、自然と息が上がってくる。触れられたところ以外にも、体のすべてが熱くてくらくらしてきた。力が抜けて崩れ落ちそうになると、クラウがしっかりと支えてくれる。ミアには刺激が強すぎた。
「大丈夫か、ミア」
「クラウ様……」
覗き込んできたクラウを見上げて、ミアはハッとした。咄嗟にパッと距離を取る。その不自然な動きにクラウは首を傾げた。
「ミア？」
「あ……、えっと、まだ結婚式前にこういうのはダメって決まりが……」
「少しくらいは大丈夫だろう？」
「そうですけど、えっと、ほらまだ傷も治りきっていませんし……」
しどろもどろになりながら答えると、クラウは苦笑した。
「そうだな。ごめん、やりすぎた」
「い、いえ……」
赤い顔をして俯いていたので、ミアが照れているのだと思ったようだ。
「また来るな」と部屋を出て行くクラウを複雑な気持ちで見送る。
しかし、ミアは別のことを考えていた。
（そうだ……、忘れるところだった。クラウ様とカルノ様のこと……）
たった今の熱い気持ちが一気に冷えていく。
あの唇で、あんな風にカルノの体に口付けたのだろうか？ あの低く甘い声で愛を囁いたのだろうか？
（あぁ、考えだしたらキリがなくなるわ。でもクラウ様を見ると、どうしてもカルノ様のことを思い出してしまう……）
その夜、ミアはなかなか眠れなかった。
翌日には自室へ戻ることが許された。
「申し訳ありませんでした！」
ミアが自室に戻って数日後、ハザンが訪ねてきた。隣には大柄で厳つい男性がおり、服装からして王室警備隊とわかる。
ハザンは部屋に入るなり、開口一番そう叫んだ。
「ミア様、私は王室警備隊隊長ファビーと申します。この度は私の部下が御身をお守りしきれず、大変申し訳ありませんでした」
ファビーは深々と頭を下げて謝罪をする。と、同時にハザンが床に手をついてミアに土下座をしてきた。
「ハ、ハザンさん⁉」
突然のことに唖然とする。
「やめてください。頭を上げて」
「いいえ、出来ません！ 私はミア様の護衛なのに……、その身をお守りすることができませんでした。どんな処罰もお受けいたします」
床を見つめたままそう言うハザンは、事件後は王子の婚約者を危険な目に遭わせたということでずっと謹慎させられていたらしい。
クラウがファビーに話をつけに行ってくれたが、首を縦に振ってはもらえなかったという。
それだけ、警備隊の中では重い出来事としてとらえられていた。
そしてやっと、今日こうしてミアを訪ねてきたのだという。
「私は本日をもってミア様の護衛を解任されます。その前にどうしても直接お会いして謝罪したかったのです」
「解任⁉」
（そんな話は聞いていないわ……！）
ミアはサッと顔つきを変えた。
「……ハザンさん、顔を上げてください」
「いえ、このままで……」
「あげてと言っているのです！」
ミアの大きな声に、ハザンは反射的に顔を上げる。その剣幕にファビーも目を丸くしていた。
いつも穏やかでおっとりしたミアが厳しい声を出すなんて想像もできなかったのだ。
しかし、ミアはそんな二人に構わず言葉を続ける。
「今回の件、護衛として落ち度がなかったかというと、ゼロではないかもしれません。しかし、私自身も身勝手な行動で怪我をした落ち度はあります。私はあなたを責める気持ちなど微塵もありません」
「し、しかし……」
「むしろ、地下牢からずっと……、よく私を守ってくださいました。心からお礼を申し上げます」
ミアが深々と頭を下げると、慌てたのはファビーとハザンだ。クラウの婚約者にそんなことされては困る。
「おやめください、ミア様！」
「ミア様！」
「それと、ハザンさんを私の護衛から外すということですが……」
ファビーに向き合うと気まずそうな顔をされた。しかしミアは視線を外さない。
「結婚反対派もまだいる中で、彼女を私の側から外すメリットはあるのでしょうか？ 私は信頼がおける彼女にそばに居てもらいたい」
「そう仰いましても……」
ファビーに戸惑いが見られた。
あと一押し、とミアは言葉を止めない。
「もちろん、私はまだクラウ様の婚約者ですから、隊長殿に意見を申し上げられる立場ではございません。しかし、もし隊長殿が私を未来の王妃としてお考え下さいますなら、今後どうすべきかもう一度ご検討いただけませんか？」
ファビーはゴクリとつばを飲み込んだ。
ミアがこんなに毅然とした態度で、はっきりと物を言うとは思っていなかった。フワッとした綺麗なお嬢さんという印象しかなかった。自分の意見をこうもはっきり言う人だなんて微塵も考えなかったのだ。
なによりこの言葉はある意味脅しのようだと感じた。未来の王妃が意見を言っているのだと強調しているのだ。そこをよく考えろと。
「まいったな……」
ファビーは小さく呟く。
自分がミアを侮っていたことに気が付かされた。
ミアの言葉や声色は決してきつくはない。だからこそ、ある意味厄介だなとファビーは思う。
ここで選択を間違えれば、今後自分の立場はどうなるのだろう。
そう考え、ファビーは軽く息を吐いた。
「承知いたしました。ハザンの処分に関しましては、今一度検討しなおしたいと思います」
「ありがとうございます！」
パァァと花のような笑みを浮かべてお礼を言う小さな姿はとても大きく感じた。
ファビーは「クラウ様、この方は王妃様に相応しいですよ」と、どこか現王妃の雰囲気を思わせるミアに苦笑した。
その夜。
お風呂を上がると、侍女と入れ違いにクラウが部屋に入ってきた。
就寝前に部屋には二人きりだ。ミアはクラウに紅茶を入れた。
「クラウ様、どうぞ」
「ありがとう。あぁ、そうだ。聞いたぞ。ファビーにハザンを戻すよう毅然と言い放ったってな」
クラウは可笑しそうにくすくすと笑っている。
昼間の出来事を耳にしたのだろう。
（余計なことをしたと思っているかしら……。でも、言わずにはいられなかったのよね）
しかし、クラウは微笑んでおり、どうやら叱られるわけではなさそうだ。
「少し語弊があります。ハザンさんが私の護衛を外れるのは変だと思ったのでそう伝えただけです。でも……、申し訳ありません。出過ぎた真似をしましたね」
素直に謝罪すると、クラウは首を振った。
「いや、出過ぎたなんて思っていない。それほどミアがハザンを信頼しているということだ。俺はミアが自分の意見を、臆することなく発言してくれたことが嬉しいよ。あぁ、ファビーがハザンをミアの護衛に戻すと話していた」
「本当ですか！？」
「あぁ。ハザンは王宮警備隊で唯一の女性隊員。ミアの護衛には外せないからな」
そう言われて、心の底からホッとした。ハザンがそばに居てくれることは、ミアにとってももう自然なことだった。信頼する人がそばに居てくれるのは心強い。
（良かった……。凄く嬉しい！）
頬が緩むと、クラウが席を立ってミアの背中を指さした。
「傷の方はどうだ？」
ミアは立ち上がると後ろを向いて、赤い髪をどかしクラウに背中を見せる。
薄い夜着に包まれていたため背中の傷は見えないが、もう肩を動かしてもほぼ痛みはなくなっていた。
「痛みはほとんどありません。まだ傷は消えないけど、心配するほどのものではなくなりました。これくらいなら傷跡も残らないそうです」
「そうか、良かった」
クラウは安堵の息を吐くと、背中側からミアに体を密着させ、あらわになった首筋にキスを落とした。
「ひゃっ！」
「綺麗だからつい……。首筋を見せるから誘っているのかと思った」
耳元で低く甘い声で囁かれ、ゾクッと体が震える。一気に顔も体も熱を帯びたのが分かった。
「か、からかわないでください」
「からかってなどいないけど？」
ふふっと笑う息が耳をくすぐりそれも刺激になる。クラウはミアの首筋に唇を寄せ、そのままゆっくりと這わせた。
「⁉」
ビクッと震え肩をすくめようとするミアの体を、後ろからホールドして動けないようにする。しっとりした唇が肌を熱くした。
「んっ……あ……」
官能的な触れ方に、自然と息が上がってくる。触れられたところ以外にも、体のすべてが熱くてくらくらしてきた。力が抜けて崩れ落ちそうになると、クラウがしっかりと支えてくれる。ミアには刺激が強すぎた。
「大丈夫か、ミア」
「クラウ様……」
覗き込んできたクラウを見上げて、ミアはハッとした。咄嗟にパッと距離を取る。その不自然な動きにクラウは首を傾げた。
「ミア？」
「あ……、えっと、まだ結婚式前にこういうのはダメって決まりが……」
「少しくらいは大丈夫だろう？」
「そうですけど、えっと、ほらまだ傷も治りきっていませんし……」
しどろもどろになりながら答えると、クラウは苦笑した。
「そうだな。ごめん、やりすぎた」
「い、いえ……」
赤い顔をして俯いていたので、ミアが照れているのだと思ったようだ。
「また来るな」と部屋を出て行くクラウを複雑な気持ちで見送る。
しかし、ミアは別のことを考えていた。
（そうだ……、忘れるところだった。クラウ様とカルノ様のこと……）
たった今の熱い気持ちが一気に冷えていく。
あの唇で、あんな風にカルノの体に口付けたのだろうか？ あの低く甘い声で愛を囁いたのだろうか？
（あぁ、考えだしたらキリがなくなるわ。でもクラウ様を見ると、どうしてもカルノ様のことを思い出してしまう……）
その夜、ミアはなかなか眠れなかった。
