虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私!?〜

21.ハザンの後押し

ミアの様子がおかしい。それに気が付かないほどクラウは愚かではなかった。

「ここ数日、避けられている気がする……。でもなぜ?」

執務室で書類を前に呟くと、それを聞いていたフェルズが首を傾げた。

「どうかなさいましたか?」
「あぁ、いや……。どうもここ数日、ミアに避けられている気がしてさ。なんだかよそよそしいんだ。何か知っているか?」
「ミア様が? いえ……。クラウ様、また何か変なことしたんじゃないですか?」
「してない! ……たぶん」

クラウは小さな声で付け足した。

(まさかこの前、首にキスしたこと怒っているのか? いや、ジルズの事件のことか?)

クラウは頭を働かせたが、心当たりがなかった。

(いや、逆にありすぎるとでもいうべきか……? ミアの考えていることがわからない。誰か心当たりがありそうな人物は……)

そしてハタッと顔を上げる。

「ハザンを呼んでくれ」


――――


ミアは勉強をしながら大きなため息をついた。それを先生が不思議そうに首をかしげる。

「ミア様、どうかなさいましたか? わからない問題でも?」
「あ、いいえ…。すみません」

後ろで控えていたハザンの目にも、ミアが勉強に身が入っていないのは明らかだった。そんな様子がここ数日続いている。

「お疲れなら休みましょう。最近、国民からの支持も増え、表に出る機会も出てきたから疲れが出たのでしょうな」
「すみません、先生」

ミアは王妃を救ったとして、王宮内だけでなく国民からも絶大な支持を受ける様になっていた。王妃を救った英雄のような扱いなのだ。

合わせて、心配していたクラウとの結婚話も歓迎ムードが高まっていた。他国の、しかも元敵国出身というのは逆に国民のロマンスへの想像を駆り立てたらしい。

それもあり、婚約者として国民の前に姿を見せる機会が多くなっていたのだ。

ミアはそのことはとても嬉しかった。受け入れられている感じがして心から安堵したのだ。

(認められるのは嬉しいわ。でも……)

しかしそうなればなるほど、クラウとの結婚後に不安を感じている。

クラウはカルノと関係を持っていた。

さすがにまた、カルノとどうこうなることはないとしても、今後も側室を持つ可能性はある。
そうなったら、自分は耐えられるのだろうか……と。
醜い嫉妬心が胸を支配して、息が出来なくなりそうだった。

すると、部屋がノックされフェルズがやってきた。

「ミア様、お勉強はいかがですか」
「フェルズさん。まぁまぁです……」

自分でも身が入っていないのが分かっているからか、ミアはどこか気まずそうだ。それを見てフェルズは小さく頷く。

「ミア様、少しの間ハザンを借りてもよろしいですか? 護衛は他の者が付きますので」
「はい、もちろん大丈夫です」

フェルズに名指しされたハザンは怪訝な顔をするが、目線に促されて部屋を出て行く。前を歩くフェルズに声をかけた。

「フェルズ様、何か御用でしょうか?」
「私ではなくクラウ様がお呼びです」
「クラウ様が……?」

クラウの執務室へ行くと、厳しい顔をしてハザンを待っていた。
何か粗相をしてしまっただろうか…。ハザンは不安になった。ジルズの一件以来、ミアの身辺にはより注意している。
呼び出されるようなことはないはずだが。

「ハザン、急に呼び出してすまなかったな」
「いいえ……。御用とはいったい?」
「ミアのことだ」

クラウは深いため息をつく。

「ミア様がどうかなさいましたか?」

深刻なクラウの様子にハザンも緊張が走る。
すると…。

「避けられている気がする」

低い声でポツリと呟いた言葉に耳を疑った。

「え……?」

ハザンがキョトンとすると、フェルズが軽く咳払いをした。

「ミア様のご様子に、何か変わったところはないですか?」 
「あ……、ご様子ですね。いえ、特には……」

あまりに深刻な雰囲気だったので、意外な言葉にハザンは一瞬頭が追い付かなかった。

「本当か? ここ数日、俺はミアに避けられている気がするんだ。どこかよそよそしい」

なるほど、そういうことかと合点がいった。
確かに最近、ミアはクラウに対してぎこちない。それについてはっきりではないが、以前ミアが口にしていた言葉を思い出していた。

「そうですね……。確かに何か悩んでおられる様子はあります。クラウ様、お心当たりがあるのでは?」
「どういうことだ? 俺は別に……」
「ミア様が呟いておりました。この国の王族は側室を持てるのかと。その場合……、カルノ様や他の女性が側室になるのはあり得るのかと……」

ハザンにしては珍しく、少し口ごもりながらのそう話す。クラウを前に言いにくい話題ではあるのだろう。
思いがけない言葉にクラウは目を丸くした。

「側室? ミアは側室の心配をしているのか?」
「これは同僚に聞いたのですが……。ジルズ事件の時、部屋で待機を命じられた時に、一度カルノ様がミア様を尋ねて来られたそうです。何かミア様に囁くと、ミア様の顔色が変わったと……」
「カルノが……? 事件のとき……?」

顎に手を置き、何か考えている様子だったクラウがハッとしたように顔を上げた。
どうやら思い当たることがあるようだ。

「心当たりがあるようですね」

ハザンがジトっとした目で見ると、クラウが焦ったように首を振った。

「違う! 誤解だ!」
「でしたら早くその誤解を解いた方がよろしいですよ。ミア様は毎日ため息をついて上の空ですからね」
「そうか……」
「そもそも、側室の話とか結婚後の話とかミア様にしているんですか?」

珍しくハザンが自分から話をしている。眉間にしわを寄せ、いち女性としてクラウに話をしているかのようだ。

「結婚はゴールじゃないんですよ。むしろスタートです。これからお二人がどうしたいのか、妻はミア様だけなのか、他にも必要なのか、子供の数はどうするのかとか話すべきことは多いはずです。まさか、結婚に浮かれてその先のことを何も考えていなかったとか? いえ。考えていたとして、それをミア様と話したりしたんですか? お二人の未来のことですよね?」
「ど、どうしたハザン……」

今にも舌打ちしそうな勢いのハザンにクラウもフェルズもポカンとする。普段、寡黙なハザンがこんなに言葉を発するのは滅多に見ない。

我に返ったハザンは「出過ぎたことを……。申し訳ありません」と謝罪したが、それでも眉間の皴は取れない。

「しかし、私……、いくらクラウ様が王子殿下とはいえ、ミア様を悲しませることは許せません」
「俺、初めて許さないとか言われたわ……」
「無礼を承知で言っています。それくらい私にとってミア様は大切なんです。クラウ様もですよね?」

そう言われて黙って頷く。

「では、すぐにミア様とちゃんと向き合って話し合うべきです。クラウ様がカルノ様と関係を持ったとしても、側室を持つことになったとしても、ミア様にとっては心の準備がいることですから」

「では失礼します」とハザンは言うだけ言って出て行ってしまった。
残された二人はただ唖然としているだけだ。

「なんか、柔らかくなりましたね。ハザン」
「あぁ、堅物で寡黙な冷たい女剣士って異名があったくらいなのに。良い影響だな」

吹き出して笑うクラウは、どこかホッとしているようだった。
ハザンをミアに付けて良かった。仲良くやっているようだと笑みがこぼれる。

「さて、早く仕事を終わらせないとな」

助言に従い、早く終わらせてミアのところへ行かなくてはと筆を急がせた。



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