虐げられた公爵家の赤髪の美姫〜溺愛されたのは私!?〜

9.愛しき人の正体は……

突如、後ろからそう声をかけられてミアの腕を掴む人がいた。ミアは驚いて顔を上げ、後ろを振り返る。

(え……、どういうこと……!?)

そこにいた人物にミアは目を瞠ると言葉をなくした。

自分の目を疑うしかできない。だって、そこにはありえない人の姿があったのだから。

「どうして……」
「探した、ミア」

そこにはいつの間にか、クラウが微笑んで立っていたのだ。

「夢……?」
「夢だと思うか?」

クラウは苦笑すると、そのままミアをふわっと抱きしめる。それはまるで、夢の中のように優しく陽だまりのような腕の中だ。

(信じられない。本当にこれは夢の中なんじゃないかしら?)

最近酷く疲れていた。
だからこそ、幻覚をみているのかもしれない。

だがしかし、ミアを優しく見下ろすのは紛れもないクラウ。夢ではない証拠に、その腕の中はしっかりと触れることができていた。

「ク、クラウ様……! 本当に!?」
「あぁ。やっと見つけたぞ。卒業後は俺を頼れと言っただろう? 忘れたのか?」

ホッとした様子のクラウ。ミアの存在を確かめる様に腕の力を強くされ、ミアはこの状況が理解できずただ顔を赤くした。

(なんで? どうしてこんなところにクラウ様がいるの? そしてなぜ私を抱きしめるの!?)

頭がハッキリしてきたのに、ひたすらに混乱する。
状況が理解出来なかった。

背の高いクラウに抱きしめられると、すっぽりとその腕に収まってしまい、ドキドキして心臓が飛び出そうだった。

(あぁ、でも懐かしい香りがする)

でも懐かしい爽やかな香り。間違いなく、そこにはクラウがいた。
するとクラウの肩越しから、見たことがある人物が顔を出した。

「あなたは……」
「先日はどうも。私はクラウ様の側近で、フェルズと申します」

フェルズと名乗ったその人は、先日ミアがめまいを起こした時に助けてくれた眼鏡の男性だった。

なぜその人がクラウといるのか……。

「え……、どういうことですか?」
「俺はずっとミアを探していたんだ。そしたら、フェルズが助けた女性がミアと呼ばれていたと教えてくれてね」

クラウはミアを離すと、優しく見下ろしてそう教えてくれた。そしてフェルズも穏やかに笑顔を向けた。

「ミア様を探しに、この国に定期的にやってきていたのです。見つかって良かったですよ」

フェルズは笑いながら大げさにはぁ~と安堵のため息をついて見せる。

「あの時、すぐに連れて行こうかと思いましたが、そうもいかなそうだったので、クラウ様を直接お連れした次第です」

フェルズは女将さんを見ながら含む言い方をする。
クラウはミアの肩を抱きながら女将さんに目線を向けた。

「ミアはクビでよろしいんですよね?」
「えっ⁉ あぁ、そうだよ……」

この状況を理解できずに、ただ唖然とした顔で見ていた女将さんは急に話しかけられてハッとした顔になった。フェルズはそんな女将さんに口元だけの笑みを浮かべる。

「そうだ、女将さん。私は一部始終見ていましたけど、ミア様はこの夫人に埃などかけていませんでしたよ? 夫人がご自分から馬車を降りて、ただただ一方的にミア様を侮蔑していただけです」

そう言われると、この様子を見ていたサラサはムッとした顔になり鼻を鳴らした。

「なんですの? 急に失礼ではありませんか?」

指摘されたサラサは不満そうに顔をそむけた。

するとそこに「サラサ、どうしたんだい?」と声をかける男性が現れた。サラサはパッと顔色を変えて、泣きそうな表情で男性に駆けよる。

「カズバン様~、助けて~、酷いのよ!」
「何があった? サラサが通りで揉めていると耳にしてね。駆け付けたよ」

カズバンは悲し気な妻をよしよしと慰める。
そういえば、カズバンはすぐそこの高級料理店で会談していた。
気が付けば通りはちらほら野次馬が、何事かと興味深そうにこちらを見ていた。

「私は何もしていないのに、あの人達が私を悪者のように言うの! 処分を下して頂戴! 私を誰だと思っているのかしら!」

サラサがクラウたちを指さしそう言った。カズバンもその話に眉を顰め眼を鋭くする。

「なんだって? 誰が一体……」

カズバンが険しい顔でこちらを見た途端に言葉を詰まらせた。険しかったその顔がサッと青くなる。

「あ、あなた様は……!!」

カズバンは驚愕の声を上げて、慌てて地面に膝をついて礼をしたのだ。その様子に、周囲が騒然となる。

「え……? カズバン様? 何をして……」
「サラサ! お前は何をしているんだ? 同じように礼を取りなさい! このお方を知らないのか?」

カズバンは小さな声でサラサを叱責する。そして、クラウを青い顔で見つめて言った。

「妻の暴言、どうか平にご容赦くださいませ!」

王位継承第10位の公爵であるカズバンが、膝をついてクラウに深々と頭を下げている。

これはどういうことなのかと、サラサだけでなく、ミアもその場にいた野次馬の人たちも混乱した表情をしていた。

(一体どういうこと? カズバン様が礼を取るなんて……)

ミアも困惑してオロオロとする。
この中で落ち着いているのはクラウとフェルズくらいのものだろう。
クラウは軽いため息をついた。

「カズバン殿。聡明なあなたが妻の言だけを信じるなど、あなたらしくありませんね」

クラウは落ち着いた声でカズバンに指摘する。尚更、カズバンは顔面蒼白になり震える声で謝罪した。

「申し訳ありません! 妻にはよく言って聞かせますので……」

カズバンが謝ると、その横でサラサは焦ったように言った。

「どうしてあなたが謝るのよ⁉」
「お前は、このお方が誰かまだわからないのか⁉ このお方は、カラスタンド王国第一王子、クラウ王子殿下だぞ!!」

カズバンの言葉に、その場の人たちが言葉を失った。騒がしかった通りが、水を打ったようにシンッと静まり返る。

(え……? 今、なんて……)

ミアは呆然と立ち尽くした。
それはサラサも同様である。

「え……、カラスタンド王国の……第一王子……?」

呟いたサラサの顔がみるみる引きつっていく。

「そうだ! 俺なんかよりもずっとずっと身分が高い! 次期国王陛下様だ! お前は隣国にケンカを売るつもりか⁉」
「そ、そんな……」

サラサは一気に真っ青になる。
ミアも驚いて傍らに立つクラウを見上げると、クラウは穏やかにミアを見下ろした。

「クラウ様が王子殿下……?」
「黙っているつもりはなかったんだけど、言うタイミングがなくて……。驚かせて悪かった」

苦笑するクラウにミアは慌てる。青くなるのはミアも同様だった。

(冗談よね!? まさかクラウ様が王子だなんて!)

助けを求めるようにフェルズを見るが、微笑まれるだけ。
ミアは今までのクラウとの日々を思い出して、血の気が引いていった。

「私、クラウ様が王子殿下だと知らなくて気軽にお話を……」

あんなに気安く話をしていい方ではなかったのだ。
口をパクパクさせるミアに、クラウは首を振る。

「いいんだよ、それで。俺は素でミアと過ごせた。それが何より心地よかったんだ」
「クラウ様……、でも……」
「ミア、俺はお前を国に連れて帰りたい。お前を妃に迎えたいんだ」

(え……、今なんて……)

ミアは完全に言葉をなくし、ただ目を丸くして驚愕する。
クラウの言葉が頭の中を反芻した。

(妃……⁉ 今、妃に迎えたいって言った!? つまり、それはクラウ様と結婚するということ?)

絶句したまま見つめると穏やかに微笑まれた。

「初めからそのつもりで、卒業後に俺に連絡しろと言ったんだけど」

次々と発せられる衝撃的な言葉に目眩がしそうだった。

(初めから……? そんな……)

二人で過ごしたあの湖を思い出す。
ずっとクラウの姿を見つめていた。隣国に戻る人だし、身分の差があるからとその思いを封印した。でも、ずっとそばに居られたらって何度も思っていた。

側に言いたい、触れたい、愛されたい。

クラウが好き。

(あの時から、クラウ様も同じ思いを持っていてくれたというの?)

信じられない思いでいっぱいだったが、ミアを見つめるクラウはいたく真剣だ。
クラウはこんなたちの悪い冗談を言うような人ではない。

(じゃぁ、本当に……?)

気が付けば、ミアはポロポロと涙を流していた。

「嫌か? ミア」

どこか不安げな低い声のクラウに、首を横にブンブンと降る。

(嫌なはずがない。でも、あぁ、どうしよう。涙が止まらないわ。涙が出るから言葉も出ない。クラウ様が困った顔をしている。失礼に当たるから早く止めないと……)

頭は冷静だけど、反して涙は止まらなかった。
妃になるのが嫌なのではない。妃になるのが嬉しいのではない。

(私は、ずっとクラウ様が好きだった。クラウ様も私を……? 信じて良いの?)

クラウが自分と同じ気持ちでいてくれたことが、ミアにとって何よりも嬉しいことだったのだ。

「クラウ様、私……」

そこに水を差したのはサラサの鋭い声だった。

「ミアが妃ですって……⁉」

サラサは驚愕した顔でこちらを見ている。大きい目がこれほどかというまでに見開かれていた。

「嘘よ……。あんたなんかが妃になれるわけないじゃない!! あんたみたいな愛人の娘がっ……!!」
「やめろ! サラサ!」

カズバンは慌てて制止をかける。しかしサラサは美しい顔に似合わない鬼のような形相でミアを睨んでいた。

「サラサ、何を言っているんだ。ミア殿はお前の異母妹だろう? 一緒に仲良く暮らしていたじゃないか」

カズバンの取り繕うような言葉に、サラサは目をむいて反論したそうにする。しかし、カズバンはジッとサラサを見つめて何かを訴えていた。

その目は、今後のためにも仲良くしておけという意味が込められていることにミアも気が付いた。
計算高いサラサは、もちろんその意図に気が付くと悔しそうに唇を噛んだ後、パッと顔を上げてすぐさま笑顔を作った。
もちろん、引きつってはいるが。

「そ、そうね。ミア、姉としてお祝いを言うわ。おめでとう。あなたが結婚するなんて思わなくて驚いてしまったわ」

白々しい言葉にミアは涙を拭いてため息をつく。もう関係ないと追い出したのは誰であったか。

「これからも仲良くしましょうね」
「仲良く……?」

ミアはサラサの図々しさに言葉を失った。

(何を今更!)

さんざんミアを蔑んで見下してきたくせに、今になって仲良くしようだなんてどの口が言うのか。

すると、その様子を見ていたフェルズがミアの気持ちを代弁するかのように厳しい声で言った。

「おや、それはおかしいですな。わが国で調べたところ、ミア様は母君が亡くなられて今は孤立無援。親戚も家族も、ましてや異母姉妹などもいないと聞いていますが?」
「……! それは間違いよ! ねぇ、ミア!?」

サラサの叫びに、クラウは首をかしげる。

「間違い……、ねぇ? それは知らなかった。どうやら我が国の調査が甘かったようだ。君には姉がいたのかい? ミア」

クラウはどこか芝居がかった口調だ。目が合うと意味ありげに軽く細められる。

(なるほど、そう言うことですね。クラウ様)

クラウの意図に気が付いたミアは首を横に振った。

「いいえ。私はミア・カルスト。家族はおろか、兄弟姉妹もおりません。サラサ様は私には何も関係ないお方です」

そう言うと、サラサは愕然とした顔をしていた。きっぱりと関係ないと言われたのだから当然だ。

いつも見下し蔑みバカにしてきたミアが、自分より上の立場になることへの悔しさで美しい顔が酷く歪んでいた。
ミアはこの時初めて、心がスッとしてサラサに対してザマァミロといった感情を持ったのだった。


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