まどろみ3秒前
「バカかよ」
黙っていた彼は、ポツリと言った。彼が、どんな顔をしているのかは見えない。どうも怒っている口調なのはわかる。
こんな逃げてばっかな私が、私は嫌いだ。それなのに、そんな私を彼は強く抱き締める。
「人は、いずれ死ぬ。俺だって翠さんだってひるだって、誰の心にも残らず、この世界から消えてなくなる日が来る。…まあ、翠さんとの死を願ってる俺が言うんだけど、」
彼は、続ける。
「死ぬことは逃げられない。でもそれ以外は、別に逃げれるんだから。辛かったり怖かったりしたら、別に、逃げてもいいんだよ」
涙目になりながらはっと朝くんの方を向く。彼は、そんな私を見て優しく笑った。
「…っ逃げても、いいの?」
ずっと、考えないようにして逃げてきた。
きもって言われて陰口を叩かれても、仲のよかった友達に裏切られたことも、お母さんからの心配の表情を見飽きたことも、何度も目が覚めると1日が終わっていることがあったことも。時間のこと、自分のことも。
どうでもよかった。そう思って全部、私は考えないようにして、逃げてきた。
「逃げてばっかなくせに、なに言ってんの」
彼はまた、優しく笑った。こんな人に、私は言葉をほしくて、たぶん、会いたかった。
「…俺も、逃げてばっかだから」
悲しげな口調に、え?と聞き返そうとしたけどやめた。代わりに、「そういえば、」と話題を続けた。
「いつまで乗ってるんですか…とりあえず重いから、早く、離れてくれますか」
「は?そんなの言うなら絶対無理なんだけど」
むっとした表情になった彼を見て、すぐに「あ、ご、ごめんなさい」と口走った。下には、ぐっすり眠るひるがいた。