まどろみ3秒前
「あ、ここまでで大丈夫なんで。送ってくれて、ありがとございましたー」
家の近くの交差点。私は笑って、朝くんに手を振った。すると、彼も振り返してくれる。
「ん、気をつけて。まあどうせ翠さんなら大丈夫だろうけど」
「…それどういう意味?」
なにそれ。私はか弱い女子じゃなくて不細工でデブな女子だから誘拐されたり痴漢されたりしないって言いたいのか?と自分で解釈してしまいどこか腹が立ってしまった。
「ふふ。…楽しかった?今日という日は」
朝くんは、少しまた、寂しそうな目をした。
私は、それに答えるように笑顔で頷いた。
「楽しかった」
「……そ。それはよかった。じゃーまた」
なんだか、なんだろう。このままじゃいけない気がした。伝えないといけないことがあった。このままさよならしてはいけない。
「あさ、くん」
道を引き返す彼の背中に向けて、少しだけ、声を出した。すると、ゆっくりと朝くんは振り返る。きょとんと私を見つめている。
交差点は、赤になった。交差点の向かい側には朝くんがいて、車やトラックが私たちの前を過ぎていく。
息を吸って、私は言った。
「ありがとう」
こんな私は、情けないだろうか。でも、でもね。情けなくても醜くても、どんなに笑える姿をしていたって、私は、ただ…
すると、彼は、交差点の先で笑った。桜色の唇が開く。その時、また車が通った。