まどろみ3秒前

「と、東花。じゃなくて夕」


少しだけ声を張って叫ぶと、東花は「いや東花でいいけど」とゆっくりと振り返る。


「ごめん、ほんとに。それで、ありがと」

「…別に」

「また学校で」



ぼーっと東花の背中が小さくなるまで見つめていた。もう空は、夜の色に完全に染まっていた。電灯の光が頼りになる。

ぼんやりしていた頭を呼び覚まして、私はスマホを取り出した。

見てみると、ひとつ連絡があった。その相手から電話がかかっていたようだ。スマホが何故か通知オフにされていて、気づかなかった。


『す、翠さん?』


ああ。その声に、涙が出そうになった。


『なにしてんの!?なに誘拐でもされた?』

「あのちょっと…道に迷ってぇ…」

『は!?わかったちょっとそこで待ってて』


風が吹き、スカートが揺れる。私は言われた通りに、この道の端にじっと待つことにした。

私のような学生、サラリーマン、カップル…色んな人が通っていく。私を変な目で見てくるが、そんなことはどうでもよかった。

ただ、夜の雲と月を見つめていた。

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