まどろみ3秒前


「翠さん…」


―私の名前を呼ぶ、誰かの声が聞こえた。一体、どのくらい時間が経ったんだろう。

ずっと、空を見ていた。浮かぶ雲がゆっくりと動き、丸く輝く月夜の月のを見つめていた。ああ、時間感覚を失っていたらしい。流石に夜は越してないけれど、辺りは暗い。


私は、また弱々しく笑みを浮かべてその人の顔を捉えた。


走ったのか、肩が上下に動き息が荒くて髪が乱れている。彼の茶色い瞳は、徐々に安心の色に染まっていく。

また夜風が吹いた。私と、朝くんの間を通りすぎていく。彼も、制服だった。


息が上がってうまく話せないのか、話そうと口を開けてから、何故か彼は私に背を向ける。後ろを向いて息を整えているようだった。

そして、彼は私のほうを向き直った。


「おはよ」


どんなに息があがっていても、彼は言ってくれた。私が欲しかった言葉だった。


「…朝くん、おはよ」


彼は優しく笑った。


「うん、おはよ」


暗くなった世界で、私と彼は、おはようを言い合った。








道を曲がりすぐ歩いたところに、白く見覚えのあるマンションはあった。

全然迷ってないじゃないか、あんなに走り回ったのに近くにいたなんて、と疲れ果てた彼にはこっぴどく文句をぶつけられた。

でも、決して怖くはなくて、優しくて温かいもので、私は笑って適当に済ませてしまった。まあ、申し訳ないけど。
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