まどろみ3秒前
私はね、心が死んでいるから。橋の下も怖くないのは、感情が生きてないから。
もうこのまま、生きていける気がしないから。
この橋にだって、一体私が眠っていた間に、どれだけ人や車が通ったんだろう。空を見上げれば、時間と共に変化する雲の色は、どんなものだったのだろう。
私は、一瞬一瞬を捨てながら、これからも生きていかないといけないと思うと、嫌。
何気なく見ている風景を、私だけが見られない。私だけは、真っ暗闇で溺れてる。
…いや、それはただの言い訳か。本当は、特に理由もなく、軽い気持ちで死にたいってだけ。
死のう。潔く、死ねばいい。
―その時だった。
「何する気ですか?」
スローモーションになっていた優しい雨は、元通りの強い雨に戻ってしまった。
頭や顔に当たる雨粒が痛い。
真っ黒な傘をさした男の人だった。しっかりと傘で守られているからか、着ている制服は全く濡れていない。
気付けば、彼は強く、私の腕を掴んでいた。
そのせいで、力を抜いた私の体は落ちなかった。
ああ、やっぱりいるんだな。こういう止めてくる優しい人という偽善者。ニセモノだ、キモい、ほんと吐き気がする。大嫌いだ。
「あの、離して下さい。死ぬんで」
私は偽善者めがけて、軽く笑みを浮かべて言うと、掴んでくる腕の力はもっと強くなる。
思わず「痛っ…」と呟いてしまった。
「無理っすね」
彼はそう言って、じろりと私のことを下から上まで見つめた。
橋の上によじ登って今にも落ちそうな、私のことをどう思っているんだろう。どうして、私のことを止めたんだろうか。
ただの偽善者?ただの人助け?
それとも…
まあ、別にどうだっていいか。
私は醜くて情けない、弱虫な人間だから。
「天 塔翠(あま とうすい)さんですよね?」
彼の声は弾んでいた。まるで、雨が傘に当たって跳ね返り弾むようだった。