まどろみ3秒前
この偽善者男に段々と腹が立ってきて、笑顔を貼り付けられなくなってきたところだった。
彼はゴホンッと咳払いをして、「じゃー改めて」と続けた。
「天塔 翠(あまとう すい)」
名前は、区切られている。無表情な彼に、私は「なに?」と浮かべた笑みを貼り付ける。
橋には、雨に濡れてずぶ濡れで、今にも死にそうな私。いや、ほぼ死んでいると同様の私と、黒い傘をさすこの男しかいなかった。
「来てくれてありがとうございます。手紙を入れたのは、俺です」
その時、頭に水が落ちてくる感覚がなくなった。彼は、私の方に一歩近づいたのだ。そして、傘を私に傾けて、私を傘の中に入れた。
彼自身、雨に濡れてしまっている。この強く降り降りる雨に、自分を犠牲にしてまで、彼は私をこれ以上濡れないようにした。
それは、偽善者だろうとなんだろうと。